太賢良師去りて、後事を託すこと③
元のペースに······などと書きましたが、そろそろラストスパートということもあり、勝手ながら一回二部投稿は継続させてくださいませ。
琴箭は駆けた。
みずからの許すかぎりの全力で。途中で息が詰まりたち止まっても、すぐに先へと踏みだした。
私が気を失ってどれくらいたったのか。すくなくとも、小賢さんはかなり先に山を降りているはずだ。どんなに急いだとしても彼にその気があれば、間に合わないかもしれない。
それにしても。琴箭は段差をひとつ飛び下りながら考えた。
なぜ良師様は、今際の際にまであの書の心配をなさったのだろう。あれはみる限り、まごうことなく医書だ。その内容はむしろ、共有のものとした方が利がある。だいたい本人も積極的に見せようとしていたではないか。
······あの書には私が読みきれなかった秘密がある?
そうこうするうち、庵にまで帰り着いた。
離へと一直線に向かったが、その扉に手をかけた所で、琴箭は一瞬、躊躇した。
もしかすると小賢さんがまだいて、この中で書をあさっているかもしれない······
それでも自分は太賢良師と約束をかわしたのだ。琴箭は勇を奮うと、威勢よく扉をあけた。
幸い、中には誰もいなかった。うっすら暗いなか、舞いあがったわずかの埃が、横合いの窓からななめにさし込む光に踊ったのみである。
その光景がなんだか異様に寂しく感じて琴箭は胸につかえたが、いまは感傷に浸っていいときではない。
すぐさま書棚により、書を探す。細かく仕切られた棚にはかなりの数が積まれてあったが、こちらは一度この目でみている。どれが太平要術だと首をひねる時をさっ引けるのは大きかろう。
ざっと見、棚には竹帛や木簡の類いばかり。あれはすべて紙を巻いた書であるので、虫や雨漏りなどの害をくう危険がある。むき出しで置かれるとは考えにくい。
琴箭は父ならどうするかと考え、すぐ床に積まれた木箱に見当をつける。一番下の、なんだかいい匂いのする箱がそれだと、五感が告げた。
上にのった箱を下ろし、琴箭はゴパッと蓋を開けた。
────書はそこにあった。ちゃんと十巻、欠けることなく並んでいる。琴箭は一緒に仕舞われていた布に全部まとめてひっくるむと、首にかけて離をとび出した。
でもどこへ? どこへ行けばこの書を天へと還すことが出来るのか。いちばん大事なことを聴かなかったことが悔やまれる。
「──とにかくあの男から離れればいいのよ!」
なんとかなる! 逃げながらでも考えてやる!
琴箭は勇んで山を下っていった。




