太賢良師去りて、後事を託すこと
「むぅん!」
抉るような拳を、またもや于吉は正面から受ける。
踏みとどまれはしないまでも、反動の衝撃かあるのみで、手傷を負うことはない。
あとは後方の樹に注意するだけだが、不思議なことに、まるで樹のほうから彼の激突を避けているとしか思えぬ反応をみせた。彼が吹っ飛ぶたび、幹をそらせ、その直撃をかわす。
「······っくしょッ! ほんとに爺かよ!」
まるで大気の衣を殴りつけているようだと月塊は思った。ならば、とわざわざ狙って障害物のほうへ叩きつけているのに、効果は先述のとおりである。
一方の于吉も、このままではいっかなここから動けぬと悟った。
己が創出した仙境にもどり、預けていた力をとり戻した今の彼ならば、並の妖こどき、地力でどうとでも捌ける。ただ逃げるとなれば尚のこと。しかるにこの眼前の元・獣はことごとくにこちらを凌駕し、小鳥を狩る鷹のように、強引に先の先をとり続ける。
「っとに、どこから紛れ込みおった! 主のような奴を見過ごすとは、我が弟子もなんたる不出来!」
于吉は身を翻し、地をずって勢いをころすと、大岩のうえに逃れる。
「とはいえ、弟子は弟子。臨終の際くらいは看取ってやらねばならぬ。此度ばかりは儂も譲らぬぞ」
追って、地に降りたった月塊はペッと唾をはく。
「とって返してぇのはこっちも同じだ。そっちこそ里帰りは終わりにして、とっと消えたらどうだ」
「そうするともさ。除くべきものを除けばの!」
そういうと、さきほど地を滑ったときに採っていたのであろう、ひと握りの土をやにわに口に含んだ。そうしてグッチャグッチャやると、ブゥッと吹き出す。
霧のように拡がった土くれは、そのまま大地に触れると、染み入るようにして消える。
と、みるみるその部分が盛りあがり、あちこちから泥で出来た巨兵や獣の人形が這い出てきたのである。
念のためすこし距離をとりながらも、月塊の口は減らない。
「なんだ、今度はオニンギョ遊びか?」
「そうとも。永劫に、相手が遊び疲れるまで止まぬ人形遊びぞ。だが遊ぶのは、主独りよ!」
「行かすと思ってんのかッ?」
追撃せんとする月塊の機先を一歩制し、于吉がほうった護符玉が彼の眼前に迫る。反射的にそれを両の手で叩き潰すと、とたんに目に激痛がはしった。
「ぐあッ!」
たまらず地に落ちると両目をこすって、なんとか瞼を上げようとするが、痛みでなかなかままならない。それでも何とかあけると視界は朧にかすみ、さらに本当にあたり一面を白霧がおし隠している。
どちゃり、と、その向こうで重々しい足音が響く。
チ······。月塊は心中で舌打ちをした。
「······はあッ!」
背を打って意識を失っていたのであろう。あやうく窒息するところ、なんとか気を戻した琴箭は、胸一杯に呼吸をした。
ゲホゲホとむせ返りながらも身を起こす。
ここは······えっと······
「そうだ! 良師さまッ!」
いそいでもとの場に戻った琴箭は、眼前の光景にまた息をつめて固まった。




