于吉再来し、小賢、墜ちること④
「ぬおぅううんッ!」
良師が吠えた。
琴箭をおいてとび出すと、猿どころか月塊さえ真っ青な跳躍をみせた。
一歩、二歩、三歩と踏むたびに加速して距離を伸ばし、四歩目に大岩を踏んだところで大きく踏み切った。
伸びに伸びた髪と髭を風にはためかせながら、良師は墜ちる小賢のもとに矢の如く迫る。
「ふんッッ!」
がっきと小賢の身体を受け止めると、そのまま気合を入れて落水の面に着ける。なんとか勢いをとめ、踏みとどまることができた。
琴箭は自制して口元を抑えつつも、やったやったと言わんばかりに、みずからもぴょんぴょんその場で飛び跳ねた。
その刹那。
滝壺から吹きえがる逆巻くような風さえ突っ切って不可視のなにかが飛び、仰向けになって滝の上にたつ良師の右足をかすめた。バッと鮮血が舞う。
「ぬおッ?」
ずしりとのしかかる人ひとり分の重みを良師がなんとか堪えるところにもう一撃、今度は左足をかすめた。
「ぬぅぅぅうぉぉおわっ!」
ぱっ、と、良師の両の足裏が、水面を離れた。
「!!」
琴箭が息を呑むなか、ふたつの人影は風に舞う落ち葉のように、ゆっくりと落下していった。
「良師様ッ! 小賢さんッ!」
「ったた。まったくなんということをしおる。年寄りを崖から突き落とすとは」
こぼしながら、今は二十代半ば、といった年格好の于吉は立ちあがった。かなりの高さから墜ちたにもかかわらず、怪我ひとつない。
だがそれは、彼をここまで引きずり落とした者も同様だった。
「本当に、厄介な奴のようだの、主」
のしり、と草を踏んで姿を現したのは一頭の白虎。木陰に全身を隠すようにして立つその姿は、まさに獣の王。両の眼が妖しき金色の光をたたえている。
「いったい主は何者じゃあ。その業をしておるということは、なかなかに悪党のようじゃが」
「······そうだな。じゃあ自己紹介といくかい」
虎が口をきいた。
のしっ。
それは気のせいか。日の下にひとつ踏みだした足は獣のそれではなく、人の脚絆を着けた足に成った。しかも虎であった時よりも、ずっと威圧感を増している。
「俺は姓を月、字を塊と発する」
さらに推し出すと、見事な戦装束につつまれた身体がみえ、いま頭についた葉をはらった所作には微塵の隙もない。
好戦的な笑みを浮かべた月塊がそこにいた。
「本性は妖! そこな童女の雇われ護衛人だぜ!」
琴箭はしゃにむに、ただ駆けた。その双眸は滝壺からしっかと離れない。絶対に何者かが、それもふたりでそこから這い上がってくるのだと信じて疑わない。
叫ぶ息すら惜しんで、琴箭はやっと滝の麓にたどり着いた。
彼女は爽やかな空気を胸一杯に吸いこんで、一気に吐き出した。
「良師様ぁぁぁ──ッッ! 小賢さぁ──んッッッ!」
だが彼女の精一杯の声も、膨大に降る滝の轟音に吸いこまれ、響くことはなかった。何者も応えるはなく、ひと間、ふた間と経った。
ばしゃん! 背後で水の跳ねた。
細部ですが表現をあらためましました。




