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【完結】月琴伝  作者: 雲野 蜻蛉
太平要術論
80/403

于吉再来し、小賢、墜ちること


「······ここは」

 小賢はおもい瞼をあけ、目玉だけをギョロギョロ動かした。


 というのも、そのほかの身体がまったく動かせなかったからだ。動かしたつもりであっても、結果、目玉だけしか言うことを聞いてくれなかった。


「気づいたか······」


 姿はみえない。きっと脇に座しているのだろう、太賢良師の声がした。


「俺は、どうして······」

 耳になじんだ滝の音をききながら、小賢は(すす)だらけの天井をみあげた。


「三日前か、傷を負って帰り着いた途端、気を失ったそうだ。儂が帰るまで琴箭と妖が看てくれていた。礼をいうのだな」

 そうですか。呟いておし黙る。

「······何があった?」

良師は、なにかゴリゴリと薬をすりながら、ボソリと訊ねる。

 小賢はぎりりと奥歯を噛みしめたが、その憤懣(ふんまん)を独りで抱える気はなかった。ありのままを話して聞かせる。



「そうか······」

 良師はそれだけを呟き、ごとりと(すり)石をおいた。

「災難だったな。哀れであるが、お主は力を尽くした」

「······災難だった、ですと?」


 良師の言葉の無慈悲さに、小賢は怒りの納め先を失った。


「すべては災難であったと、それだけでお済ませになるのですか、師匠は······! それを見捨てられた民たちに言えますか!」


 ややおいて、良師はかすかな嘆息とともに応えた。いくぶんか声に硬さがのっている。

「······小賢よ。お主もよく解っていよう。病が治るか否か、それは詰まるところ、我らが成せることではない。すべては天命だ」


 天命。ここ幾日かで二度もきいた。

 太賢良師は、人の生き死には天命と断じ、方士・于吉は俺が仙人になれぬと決めつけた。


 天命。

 それがなぜわかる。一部の特別なものにしかわからないものであるのなら、それはないも同じ。また、それを知れる者であるのなら、なぜそれで人々を導こうとしないのだ。

 師匠、アンタだって見てきただろうに。足掻いて足掻いて、末に亡くなっていった者たちを。知っていれば、なにがしかの手はあったかも知れぬと、アンタだって思わなかった筈はなかろう。


「師匠は、仙の術を、使えるのですか」

「······」

「ならばなぜ、それを活かそうとはなさらないのです」


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