琴箭、幻の書物を所望すること
周辺の政事をつかさどる郷庁は、琴箭たちの里から徒歩で小半日ほど。たいした距離ではない。
一行は朝、里を発ち、昼前には無事、その牆壁の門をくぐった。
治安をまもる部署、游徼の現在の主は、周朱硯といった。一帯ではなかなか話のわかる人物として、下々の尊敬を集める評判のよい人物だ。
役所の門前で用向きをつたえると、しばらく待たされたあと、琴箭らは荷物ごと、中庭へと通された。
普段は練兵場としてもつかわれるのだろう中庭はひろく、ぐるりと屋根つきの塀に囲まれている。
「待たせたな。なんでも昨今、近隣を荒らした妖を捕らえたそうだが?」
余裕をもった身のこなしで、段上、ゆったりと座台に腰をおろしながら、治安官、周朱硯はたずねた。
「はーっ」
石畳のうえに平伏しながら、琴箭はみなの後ろから、チラリと視線をあげる。
あれが治安官様。直々に御目どおりがかなうなんて······好機だわ。
周治安官は歳の頃二十半ば。上品な面立ちで髭はすくなく、意外にも文官といった感じをうける。衣や帯は一見質素だが、こまかなところに気がいき届いていて、こざっぱりとしてみえた。
その右隣には夫人だろうか、美人が優雅な立ち姿をみせていた。やわらかそうな衣はなんという布で織ったものか、ほんのりと桃色がとおっており、上品な色香を感じさせる。
だが、いちばんに目についたのは、本人の美しさだ。
白い肌にちいさな顔。優美な柳形の眉に黒目がちのほそい両目。うっすら紅をひいたように色づいた唇はうすい。
女性にしては背がたかく、磨いた鉄のように輝くながい髪は、一部をうしろでまとめ、あまりを垂らしていた。
それですっくと立つものだから、どうかすると治安官様よりも存在感がある。
「で、どこかな。その妖というのは」
「ははっ、こちらに」
代表にたった里長の息子は、うやうやしく頭をさげると、おい、といって後ろに合図した。
里でも力自慢の男ふたりが、まだモゴモゴしている月塊をがんじがらめのまま、地面にドサリとおろす。
「ふむぅ、それがそうか······? どうにも人と変わらぬようにみえるが······」