小賢、世の理に憤ること②
「······ならば口で伝えてほしかったですぞ。こんな横暴なやり方は困る」
小賢がいきさつを訴えると、県令は副官を叱責した。
「申し訳ない、私も狼狽しておったのです。部下がそれを早合点したらしい。ご覧のとおりですので、なにとぞ機嫌をなおしていただきたい。さあ、どうぞ、こちらです」
県令たちについて奥に入ると、ある部屋の寝台に、ひとり、少年が寝かされていた。
小賢はその面をひと目みるや、御免、と断って枕元に小走りで寄る。
「どこでそんな病魔をひろったのか、一昨日からこの様子で······医者どもも役に立ちませぬで、お越しいただいた次第でして」
県令の弁解のような説明を聞き流しながら、小賢は素早く子供の症状を確認する。
あきらかに、こたびの流疫と合致することがすぐにわかった。
「身体を拭くものと水、それと別に杯に清水を所望したい」
言ったものが届くと、小賢は包を取りだし、もっともこの症状に効果のある霊符をぬき出すと、祈祷の言をとなえながら水に溶かし込んだ。
「これを。飲ませてやってくだされ」
言われれるがままに、奥付の者たちが子供をささえ、頭をおこして杯の水をゆっくりと含ませていった。
半刻の後。ずいぶんと楽になった少年の呼吸を確認し、小賢はゆっくりと身を起こした。
「天の思し召しがあったようですな。これなら持ちなおすでしょう」
「おお、なんといってよいか! この子の命をお助けいただいたこと、生涯恩に着ますぞ!」
県令は感激して駆け寄って、小賢の手をとった。まだ無理やり拉致されてきたことに腹を立ててはいたが、さすがにそこまでされると、それを無下にすることも出来ぬ。小賢もすこし感じ入って頭をさげてみせる。
「出来ますなら、一刻もはやく、私めを元の場所にお戻しいただきたい」
「それは構いませぬが······まだあの子のことも心配ですので、もう二、三日私めのところにご逗留いただけませぬか?」
しかし、とごねる小賢を県令は頑なにひき留めた。とうとう小賢もおれ、容態が安定すればすぐに送り届けることを条件に、つき添うことにした。
実際には三日とかからず、子息は床から起き上がれるまでに快復した。
おおくの者を心ならずも放りだしてきている小賢は、気がきではなく、県令に開放するよう嘆願した。県令はただちに部下をよび、彼をあの郷に丁重に送り届けるよう命じてくれた。
「急いでくれ!」
慌ただしく出ていく小賢を嘲笑いながら、あとに続こうとした副官の肩を、県令がグイとひいた。
「──命じたことはやってくれたな?」
「は、滞りなく」
「それでよい。上に知られては余計な手間がかかるというものだからな······」
もとの郷の牆壁がみえてくると、小賢は車からころげ落ちるように飛び下り、診療所となっていた屋敷めざして駆け出した。
すまぬ、すまぬ、皆よ! だがもうすぐだ! 俺がもうすぐ行ってやるぞ!
だが──
息咳きって屋敷の門へとびこんだ小賢は愕然とした。
そこにはなにもなかった。
彼の帰りを待ちわびる病人も、それを案じる家族の者も。そして建物そのものさえも。
小賢は開いた口が塞がらぬまま、ゆっくりと、もとは建物があったはずの、盛大に黒焦げた地面にむけて歩んだ。踏みしめる草履の下から伝わる音が、嫌に耳につく。
どっと膝をつくと、その土をざっくと両手ですくう。まだほのかに温かい。
「────────────!」
その残酷なまでに人肌に似た温もりに、小賢はむせび、咆哮をあげた。




