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【完結】月琴伝  作者: 雲野 蜻蛉
太平要術論
75/403

方士・于吉、謀ること④


 あろうことか、小賢に「師匠」と呼ばれた老人は、よっこらせとばかり腰を上げると、ゆっくりと歩みよる。そのながくのびた眉のおくから、太賢良師によく似た眼光をはなつ瞳を、するどく彼にむけた。


「精進はしておるようじゃの」

 小賢は無言ですこし頭をさげてみせる。


「······なんの用ですか。ひきうければ干渉はしないのではなかったか」

「ホッホッホ。干渉なんかしゃあせん。これは催促よ」


ぴくり、と小賢の(いかめ)しくなった眉もうごく。


「たしかに、貴方には恩がある。くすぶっていた俺に道をしめし、太賢良師様の存在をおしえくれた。だがどうするかは俺が決めてよいと仰ったはずだ」


 ホッホと、于吉は好々爺たる様をくずさず、先が紫をおびた長い髭をしごいて笑った。

「言ったともさ。だがこれは天意、おんしがどう考えようと、それは成る。どうせ成るなら刻をかけるまでもなかろう、と言うておる」


「俺はかならず仙になる! アンタのいいようにはならぬし、良師様を裏切るようなことはしない!」


小賢は声を荒げる。


「無駄じゃ。なりゃあせんよ、主は。そのテの才はあれには遠く及ばぬ。一時といえど、面倒をみた儂がいうとるんじゃ。

 じゃが、他の道には長けておるやもしれんぞ? 無用に意地をはらず、天に替わって道をしめせ、のぅ?」

「替天行道······」


 霊符水の教えを授かるさい、良師からもかけられた言葉。だが、その示すさきの道はまったく違うものとなろう。

「嫌だ······俺は仙人になるんだ、特別になるんだ。師匠のように······」


 ぶつぶつと呟きながら、小賢は憑かれたように歩を進める。その背を于吉は(わら)う。


「あやつも主の無才には気づいとるぞ。それが証に、主はいまだ、太平要術を拝ませてもらってはおるまい?」

ピタリ、と彼の足はとまる。

「そこいらの里娘にはほいほい見せるのに、なぜ愛弟子たる主にはみせんのじゃろうな」


「なにぃ?」


 ギロリと、血走った瞳が于吉をとらえた。


 師匠がアレを琴箭にみせた? 弟子たる俺が苦しんでいるのを知って、手助けせぬならまだしも、アレをただ聡いだけの童にみせたというのか!


「······俺だって、ちょっとの手がかりさえ貰えれば。アレを読ませてさえ貰えれば······」


「奴は恐れとる。主の無才さと、天分をの」

 もう一度いうぞ、と于吉は小賢をみすえる。


「つまらぬ抗いは止めて、天に替わって道をなせ、奴に替わって道をなすのだ、張易よ!」



お読みくださいまして、ありがとうございます。

えー。皆様、お忙しいこととは存じますが、勝手にノッてきましたので、八月のおわりまで、一回、二話更新とさせて下さいませ。

ペースは隔日で変わりません。

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