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【完結】月琴伝  作者: 雲野 蜻蛉
太平要術論
72/403

方士・于吉、謀ること


 数日後。

 太賢良師と小賢がそれぞれ里にもどると、琴箭はさっそく良師に、留守中のことをしらせた。


 といっても不思議なことに、思いだせるのはここに誰か客があったことだけだった。それがどんな人物で、男であったか女であったか、大人であったか子供であったかさえはっきりとしない。

 琴箭は自分でもあり得ないと思いつつも、なぜかそれを伝えることがとても大事なことなのだという思いが消えなかった。だか、無いものをひねり出すのはかなりくたびれる作業だった。

 良師は辛抱づよく、目前でうんうん頭を抑えながらなんとか思い出そうとする琴箭の話に耳を傾けていたが、とうとう「あー、もうよいよい」と打ち切ってしまった。


 しょんぼりする琴箭にチラと一瞥(いちべつ)をくれながら、離へと戻る。なぜか白子鹿がテコテコと後についてきた。


「ほう、もうそこまで進んだか。

 ······なあ、その客とやらは真にあったのか? あのお嬢の夢ではあるまいな。お主はその場におらんかったのか」


 だがもとより、良師に月塊がまともな返答をかえすことなどなく、鼻さえ動かされず、プイとそっぽをむかれる。

「──ハッハッハ。まぁよいわ」


立ち止まった月塊子鹿に見送られつつ、良師は離のなかにきえた。



 それから数日の間は、とくに変化なく時はすぎた。


 琴箭と月塊は自分たちへの付託が正しいものであるのかいまだ見極めがつかず、そもそもこのまま山をおりて、月塊が元の姿に戻れるのかもわからない。そのぶん退きがちにならざるをえず、彼の修行の完遂まちといった風。


 小賢は良師の名代として彼と手分けをし、あちこちに出向いては霊符水をもちいて人々の病を(はら)った。ただ、仙道の修養のほうは苦慮がつづき、どんどん伸びが鈍くなっていた。


 太賢良師だけはあいも変わらず飄々(ひょうひょう)としていたが、小賢という弟子ができたことでより広い範囲の民が救えることをひそかに喜び、ながく庵を空けることが増えた。


 そうして、外界での季節はそろそろ秋の只中へとうつろう頃となる。




「ちょっと、ちょっと!」


 下の沢へ水汲みにいっていた琴箭が、すこし青ざめた表情で戻ってきた。

 そのまま草履をぬぎ捨てると、ふてぶてしくも板の間にでーんと寝そべっていた白虎の腹に、もふっと顔を押しつけた。

 白虎は迷惑そうに目を細めたまま身をおこすが、どうでもよくなったのか、そのままどてんと寝そべっておおきくながく伸びる。


「違った! そうじゃなくて!」

かばっと顔を上げる。


「もう秋なのよ! 外はもう秋!」


 白虎はそれがどうしたとばかり、ふたたび顔をあげる。

「わたし達さすがにもう帰らなきゃ! 月塊っ」



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