小賢、霊符水を修めること③
「ほほぅ、ずいぶん逞しくなったようだの」
庵にもどった弟子の姿に、太賢良師は面白そうにそういった。ふたりは板の間に座し、向きあった。
「······いえ、格好だけで。お師匠に申しつけられたこと、いまだ半分も会得できませんで」
「······いまからでも遅くはない。護符をつけ、じっくりとり組む気はおきんか」
頭をあげた小賢は、ぎりっと奥歯をかみしめた。
「······いえ、俺が学んでいるのは、いま出来ぬことが将来できるようになるとは限らぬもの。すべては俺に学びとるだけの器があるかどうかで決まるのだとおもっておりますので」
良師は眉根をよせ、髭をしごく。
「できねば死ぬだけ······か」
答えない小賢に、良師は残念そうにかぶりをふった。
「まあよい。どの道を選ぶかは、お前の心しだい。この道にはいった者に与えられる最大の褒美は、選ぶことのできる自由にある」
それはそうと、と太賢良師は案においた器から清水をひと口すすって、話をあらためる。
「そろそろお前にも霊符のつくり方を憶えてもらいたい。以前にお前は、薬草を扱ったことがあると言っておったな。であれば習得はたやすかろう」
小賢は顔をあげ、でも、と口ごもったが、良師の諌めるような瞳をうけ、おし黙った。
「儂の弟子を名乗るなら、これだけは必ず覚えるのだ。そしてあまねく民を救い、天に代わって道を成せ。そんな者はひとりでも多いほうがよい」
良師の見込みどおり、小賢はこちらの道には才があったらしく、本人も驚くほどの早さでコツをつかむと、霊符水十数種の運用をそらんじるまでに至った。
「あれ、小賢さん、どこか行くの?」
数日後。坂道をくだる途中、桶ふたつをさげ元気にあるく槽に、励ますようつれ添う琴箭といきあった。
めずらしいものを見た、というふうな、好機な目をむけてくる。良師について入山して以来、ついぞ下山なぞしたことがなかったのだから訊かれるのも無理はない。
「ああ、師匠からの言いつけでな」
小賢は背中におった黄色い包みをみせながら答える。
「今日からちょくちょく、下山して人々の祓いをすることになった」
「へえ、もうそんなことまで出来るようになったんですね」
素直に感心してくれているようだ。小賢は苦いところを含みながらも、すこし救われた気もしていた。
じゃ、といってすれ違って、ふと伝言を思いだし、ふり返る。
「あ、師匠もしばらく祓いで留守にすると言っていたぞ! まあ何もないと思うが、頼むな!」
聞こえた合図として、彼女はさかんにこちらに手を振ってみせる。小賢はフッと笑いをみせ、片手をあげて返すと、山路を下りだした。
ああいう奴を理不尽から救う······それがこの術のもつ意味なのかもしれんな。
すこしだけ、師匠のいったことがわかったような気がした。




