小賢、霊符水を修めること②
断崖からおちる滝のそばに一軒、またべつの庵がむすんである。水音は騒々しいとまではいわないが、それでも耳に賑やかなことに違いはなく、まるで川につつまれているよう。その他の余計な音はほぼ聞こえず、かえって集中できる場所といえるかもしれない。
「小賢さ〜ん、いる〜?」
返事をまったうえで、ゴソゴソとすこし傷んだひき戸をあけ、琴箭はうす暗いなかへとはいった。
「これ、良師様からの激励です。あと、修行の進展の如何によらず、いっぺん戻って······こいっ······て」
そうか、わかった。
そう返事してのっそりと立ち上がった人影をみあげるうち、琴箭の声はちいさくなる。
目のまえには、まったく知らない男が立っていた。背は小賢よりすこしたかく、身体つきも筋骨逞しゅうして、髪はザンバラ。口からあごにかけてチクチクと髭がおおっている。
またもやさーっと血の気のひいていくのを感じつつ、琴箭はいっさんにくるりと背をみせた。
「おい待て、俺だ俺。小賢だ!」
庵のまえにでたふたりは、滝のはなつ心地良い涼風をうけ、草原に腰を下ろした。
「そんなに変わったか? 自分ではよくわからないんだが······」
瓶の水面にうつった己が顔をさすりながら、小賢はいった。
「ほんともう、吃驚しました。まるで良師様みたいで······」
ハッとここで琴箭は重大なことに思いたる。
「──まさかここにずっといたら、みんな良師様みたいになるんじゃ······!」
「阿呆、そんなわけあるか」
しっかりとつっこみながらも、小賢はすこし眉根をよせる。
「でも、そうか。俺が師匠に············だが、見た目だけ似ても意味はないよな」
その呟きに微かなひっかかりを覚えながらも、琴箭はあらためて、ここ数日でなぜかすっかり変わってしまった知己を観察する。ふと、ある一点に気づいた。
「あれっ、小賢さんは、この木鈴どうしたの? まさか失くしちゃった?」
「ああ······それか。いや、最初からないんだ。断った」
「えっ、でもそれじゃあ」
小賢は自分とちがって、良師の弟子として仙人になるため、この山のものを食べ、この山の水を飲んでいる。加齢の進行をすごく緩やかにしてくれるこの木鈴をつけずにそれをすること。それはつまり、とてつもない速度で死にむかって突っ走ることを意味する。
この容姿の激変もそれが影響していたのだった。
「そのかわり、物の覚えも早くなる。失ったぶんの学びは充分に得たさ······」
でも、と口答えかけたが、その面になにやら悲壮感さえおぼえたために、それ以上続けられなかった。
なにかを気取られるのをおそれるように、ここで小賢から話題をかえた。
「そういや、いつもくっついてたあの妖野郎はどうしたんだ? いないのか?」
「えっ? ああ。月塊ならリスになってさっき虎に追いかけられてどこかに」
「?? なにやらそっちでも色々あったんだな。にしても、なに遊んでやがるんだ。奴も仙人を目指しているのだろ? まったく、無駄に長生な化物はこれだから·····」
これまでのように悪態をついていると、ああ、やっぱりこの人は張易なんだなと、なぜだか妙に納得できる。
「それじゃ、久しぶりにお師匠の尊顔を拝するとするか」




