月琴、密談すること
「とにかく、虎のおかげで隠れ里をみつけてから鋸鹿までとって返すと、張易のヤロウはおろか、お前まで消えてやがった。まわりのモンに聞きゃ、太賢の奴がきてまるごと連れてったっていうじゃねえか。あわててとんぼ返りしたら、今度はどこから入ったらいいかわからねぇときやがった」
月塊の苦労譚をききながら、琴箭は身体についた果汁を、手桶に汲んだ水と布巾でゴシゴシ拭いてやる。
とにかくこの山のものは水でさえ飲まぬほうがよい。そのため自分の分はわざわざ下から汲んでくるのだが、月塊なら平気だろうということで、そこの小川の清水をまんま使っている。
「へへ」
なぜか機嫌のよさそうな彼女をみて、月塊は眉をひそめた。
「なんだ、ニヤニヤしやがって。そんなに面白いか」
「んーん。なんていうかぁ······そんなに心配してくれてたんだなぁって」
だがそんな感情は妖には通じないようで、月塊はますます、こいつなにかヘンなもん拾い食いでもしたか、といったような顔になった。自然、こちらもむすっと顔になるというものである。
「んなことより、どうなんだよ。つかんだのか?」
「は? なにを?」
「書だよ、書。おまえの大好きなアレだ。たしか──タイヘンなんとかっていう。それをあのヤロウから盗み」
ここではたと気づいて、ぐっと声を落とす。
(盗みだすために、わざわざこんなとこまで来たんだろが)
「······うーん。それなんだけど······」
手桶につけた布巾をチャポチャポ洗い、それをギューッと搾りながら、琴箭は言葉をにごした。正直いうのがこわいが、心中にうまれた疑問を、思いきって訊いてみることにする。
「ねえ、アンタ。良師様をどう思う?」
「大悪人」
迷いなし。まあそうなるか。
「でもそうじゃなくて。ちょっと考えてみてよ。あの人が世に災いをなすような人物にみえる? 里に下りてはああやって人々の病をはらい、見返りもとくに求めない。診てもらった人から感謝の穀物なんかは受けとることもあるけど、自分では食べないし。
正直、わたしにはとても悪い人にはみえない」
「あぁ? じゃあなにか? お前にこんな命令しやがった南華老仙が一腹もってやがるってのか」
「わかんない。本当、なんだかここにいればいるほど判んなくなっちゃう」
琴箭はよいしょと、すこし重そうに手桶をもつ。戸口からででそこいらに水をばちゃあとぶちまけると、くるりと向きなおった。
「でもそうね。アンタのいうとおり、とにかく太平要術とかいう書をみてみないと、埒があかない気がするわね」
「······野郎がいつもいる室はどこだ」
「え? いつもはあすこにある離に寝泊まりしてるみたいだけど」
よぅし任せろ。そうつぶやいて、月塊はワルイ顔をした。




