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【完結】月琴伝  作者: 雲野 蜻蛉
太平要術論
61/403

琴箭、太賢良師に善をみること②


 琴箭があおざめて注視するなか、太賢良師もまた、じっと彼女をみていた。が、琴箭はその瞳のなかになじみのものをみつけて、おやと思う。


「南華老仙? そりゃいったいどこの御仁だ。聞き覚えはないが······おまえ仙と知己なのか。ほーむ、運のよいやつだ」


「へあぇっ? ······あ、いや、知己というまでには」


 助かったぁ。どうやらこの人は向こうのことを知らないみたいだ。てっきり顔なじみだと思ってたけど。


 横で、えっ、お師匠は仙人ではないのですか? という張易の驚きと、馬鹿者ワシはいまだ修行中の方士だ、という良師のやりとりをききながら、ひそかに琴箭は胸をなでおろす。


「ん? それはそうとお師匠っていうのは?」

 琴箭の疑問に、張易はよくぞ気づいてくれたとばかり、上機嫌でこたえた。

「驚け? なんと太賢良師様は、俺の弟子入りをお許しになられたんだ。いまや俺は、張易あらため、張小賢だ!」

「へえー」

 琴箭が、この一見とっつきにくそうな野朴な男に目をむけると、意外にも良師はすこし照れ隠しのように頬をかいた。

「まあ、熱意にまけて、というやつだ。それに独りでは少々いき詰まっていてな。こやつといることで、また何かあらたな発見があるやもしれぬ」

 ぺこぺこ頭をさげる易、あらため小賢に、さっさと水を汲んでこいといいつけておっ払い、良師はあらためて琴箭の額に手をあてて、熱の具合をたしかめた。


「うむ。まあいいだろう。しかし重ねて運のよい小童だ。流疫寸前の病にかかりながら助かるとは」

「あ、救っていただいたのに、お礼もまだでした」

 琴箭は床の上に身を正すと、良師にむかって頭を下げた。

「命をお助けいただいて、ほんとうにありがとうございました。なにかご恩にお報いできることがありましたら、どうぞ仰ってください」


 見かけによらぬ童女の立ちふるまいに、良師はすこし驚いていたが、ハッハッハと愉快そうにわらった。

「そうこられては困る。童にきっちり恩を返されてはこちらの立つ瀬がないわ。まあ、しばらくゆっくりしていくといい。元気になった姿こそ、ワシのような者にはいちばんの薬だ」

 なにが愉快なのか、いまだハッハとわらいながら、良師もまた、何事か用でもあるのだろう。庵をあとにした。



 すこしの間、シンと庵のなかが静かになる。

 琴箭は胸のなかに、すこしチリチリとした痛みをかんじて、表情をくもらせた。もちろん、本物の痛みではなく、気の痛みというやつだ。

「太賢良師。てっきりわるい奴だとおもってたのに、結構──ううん、間違いなく善い人だ。あんな人から大切な(もの)を盗めっていうの? それに、彼は南華老仙なんてしらないといった。夢のあの口ぶりじゃ、まるでその仙人が彼に書を授けたようだったのに······」


 南華老仙っていったい何者なの? ほんとうにこのまま、その言葉に従ってていいものなの?



つぎは翌月曜日の更新となります。


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