月塊、養春山にて虎に遭うこと②
そのながいものは、宙からいきなりはえたように、ひょろひょろと動いている。月塊が一足跳びにちかづいてみても、とくに反応するそぶりはみせなかった。
全体、ほさほさした毛におおわれており、先は白く、あとは黒と橙のまだら色をしている。それは一見、藪のなかへと姿をかくしているようにみえたが、彼が裏にまわってみると姿をけす。
おもてにまわるとまた現れる。
月塊はついにピンときた。
「ははぁ」
ニヤリと笑い、いきなり両手をその空の穴につっこむと、それを遠慮なしにぐいぐいとひっぱりだした。
いきなり鷲掴みにされたその長いもさもさは、はじめビビクンとふるえたが、ひきずりだされてなるものかと、猛烈な力で抵抗する。
それでも月塊がかまわずひき続けていると、とうとうたまらなくなったか、柔軟に身をひねって、猛々しい黒い爪をもつ脚を彼の手にお見舞いする。月塊がひょいと手を離すと、ウオーッという唸り声とともに、虚空にずぼっと虎の顔が突き出てきた。
髭を逆立て、眼と口をカッと開いたその形相のあらわす意図は考えるまでもない。完全に頭にきている。
「へへ、おいでなすっ」
言わせぬとばかり、虎が躍りかかる。これが只人ならば凄惨な最後の光景の前兆である。
だか、相手は月塊。その基は大岩と豪語する妖のこと。まるでおおきめの犬にでもじゃれつかれたように仰向けになってこれを受ける。喉笛を噛み砕こうとするところを両手で虎の顔の横毛をむんずとつかみ、足でポーンと腹を蹴り上げ、起き上がりざま後ろへと投げ飛ばす。
たまらず虎は、斜面をころころと転がっていった。
「さてさて、どんなもんかな」
月塊は虎がどいて空いた穴に、ずぼっと首をつっこんだ。
「はーっ、なるほどな」
はたして、虚空の穴のさきは、彼が予想したとおりだった。
そこには様々な実をつけた果樹の森がひろがっており、ちかくには川も流れているのか、水の音もする。桃色の霧がゆったりとながれ、なんだかよい香気がただよってくる。
つまり、仙界の領域をかくした山だったってわけだ。
しばらくそうしてあたりの気配をうかがっていた月塊が、さて、とそこへ足を踏み入れようとしたとき、ドシリという衝撃がして、その顔がみょうな具合にゆがむ。
「なっ、おま······虎! あきらめの悪い野郎──どこ噛んでやがる! やめろ、衣が破れる!」
ウオーッと、後ろから逆襲する虎と一緒に、月塊はその不可思議な空間になだれ込んだのだった。
ありがとうございました。
次回更新から、しばらく一日おきの投稿ペースに挑戦いたします。
············大丈夫です。多分。
というわけで、次回は木曜日の更新となります。




