月塊、養春山にて虎に遭うこと
霊符水をあたえられた琴箭の容態は、どうにか安定した。
つきっきりで診てやる必要がなくなった。
そう判断した張易は、良師にたのんで施術をみせてもらうことにした。
良師は、請われるまま民の家をおとずれた。病人に懺悔をさせ、その罪の告白をきいてやったあと、症状におうじた様々な霊符水をあたえていく。
ほとんど押しかけ弟子となった張易はうしろに控え、この奇蹟の術を食い入るようにみつめていた。
施しががすんで、ふたりが張易の家にもどったのは、昼をすこし過ぎた頃だった。
うちに戻ると、琴箭はおとなしくおやすみ中。そして、昨夜とびだしていった月塊も、やはりまだ帰ってはいない。
「おい張、荷車をかりてくるのを忘れた。ちょっと借りてきてくれ」
筵につつんだ琴箭を荷車に載せ、それを槽にひかせて、ふたりは鋸鹿をでた。
驢馬の背にのる太賢良師は、のんびりと急くこともなく、景色をたのしむように前をいく。
後ろが気になって仕方ない槽の手綱をひきながら、さてどちらへ向うのかとさぐっていた張易は、良師が養春山のある方角を目指していることを悟り、心中やはり、と思った。
「あの。太賢良師様、ひとつお訊ねしてもよろしいですか?」
「なんだ」
「はい、あの······本日はどうしてこちらへ?」
「どうして? さて、どうしてかな。偶然と言えば偶然であるし、必然であるといえばそうなる」
なんだかはぐらかされている気もする。
「···そうだ。お出でになる前に、誰か御宅をたずねてきませんでしたか?」
「客と? わが庵にか? ふむ······」
「いえ、来ていないのならよいのです」
どうやら月塊は間に合わなかったようだ。
そら見たことか。偉そうなこといいやがって、どうせどこかで迷ったに違いない。
いっぽう、養春山をみつけて仙人をひきずり出さんと、ひとあし早く仮宿をとびだした月塊はというと──
張易の予見どおり迷っていた。
ただし、山中で迷っていた。養春山そのものにはたどり着いたのだ。
だが意気込んでわけいってはみたものの、どうにも確信をもてないでいる。
「なんだこりゃあ。ほんとに普通の山だぜ。懐は浅いし、谷なんてひとつもありゃあしねえ。張の言うとおりだ」
冗談じゃねえぜ。さっさと仙人を見つけねェと、琴箭の奴が······っ!
若干あせりの色を濃くしつつ、あちこちに目を走らせていると、奇妙なものにいきあたった。あまりにも面妖な光景ゆえ、はじめはそれと感じられなかった。
なにかながいものが宙からつきでて、ゆらゆらと揺れている。




