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【完結】月琴伝  作者: 雲野 蜻蛉
太平要術論
58/403

月塊、養春山にて虎に遭うこと


 霊符水をあたえられた琴箭の容態は、どうにか安定した。

 つきっきりで診てやる必要がなくなった。

 そう判断した張易は、良師にたのんで施術をみせてもらうことにした。

 良師は、請われるまま民の家をおとずれた。病人に懺悔(ざんげ)をさせ、その罪の告白をきいてやったあと、症状におうじた様々な霊符水をあたえていく。

 ほとんど押しかけ弟子となった張易はうしろに控え、この奇蹟の術を食い入るようにみつめていた。



 施しががすんで、ふたりが張易の家にもどったのは、昼をすこし過ぎた頃だった。


 うちに戻ると、琴箭はおとなしくおやすみ中。そして、昨夜とびだしていった月塊(バカ)も、やはりまだ帰ってはいない。

「おい張、荷車をかりてくるのを忘れた。ちょっと借りてきてくれ」



 (むしろ)につつんだ琴箭を荷車に載せ、それを槽にひかせて、ふたりは鋸鹿をでた。



 驢馬の背にのる太賢良師は、のんびりと急くこともなく、景色をたのしむように前をいく。

 後ろが気になって仕方ない槽の手綱をひきながら、さてどちらへ向うのかとさぐっていた張易は、良師が養春山のある方角を目指していることを悟り、心中やはり、と思った。


「あの。太賢良師様、ひとつお訊ねしてもよろしいですか?」

「なんだ」

「はい、あの······本日はどうしてこちらへ?」

「どうして? さて、どうしてかな。偶然と言えば偶然であるし、必然であるといえばそうなる」

 なんだかはぐらかされている気もする。

「···そうだ。お出でになる前に、誰か御宅をたずねてきませんでしたか?」

「客と? わが庵にか? ふむ······」

「いえ、来ていないのならよいのです」


どうやら月塊は間に合わなかったようだ。

 そら見たことか。偉そうなこといいやがって、どうせどこかで迷ったに違いない。



 いっぽう、養春山をみつけて仙人をひきずり出さんと、ひとあし早く仮宿をとびだした月塊はというと──


 張易の予見どおり迷っていた。

 ただし、山中で迷っていた。養春山そのものにはたどり着いたのだ。

 だが意気込んでわけいってはみたものの、どうにも確信をもてないでいる。


「なんだこりゃあ。ほんとに普通の山だぜ。懐は浅いし、谷なんてひとつもありゃあしねえ。張の言うとおりだ」

 冗談じゃねえぜ。さっさと仙人を見つけねェと、琴箭の奴が······っ!


 若干あせりの色を濃くしつつ、あちこちに目を走らせていると、奇妙なものにいきあたった。あまりにも面妖な光景ゆえ、はじめはそれと感じられなかった。


 なにかながいものが宙からつきでて、ゆらゆらと揺れている。


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