太賢良師、琴箭に霊符水をあたうこと②
「しめた! これで子供は助かるぞ!」
天が味方してくれたことに喜び、張易は裸足のまま駆けだした。
それにしても太賢良師か······あちらこちらに出向いてくださるのでふかく考えなかったが、どこに居を構えておられるのか誰も知らぬ。やはり養春山の仙人とは、あの方のことかもしれんな。
町の表通りにでると、あきらかにそれとわかる人だかりが、そのままゆっくりとこちら向かってくる。張易はそのなかに突っ込むと、人をかき分け小突かれしながら、ついにその中心に転がりこんだ。
突如まろびでできた人影におどろいたか、人の群れの中心にいた者がピタリと足を止める。
「お願い申し上げます、良師様! どうか私めの客の命をお救いください!」
さいわい、太賢良師はこころよく承諾してくれた。
張易は喜んでさきにたち、我が家へと彼を案内する。そとでは初めて、町の衆が彼のあばら家を囲んでどうなることかと中をのぞきこんだ。
彼はなんというか、聖人──といった幻想から逸脱した容姿をした人だった。
中肉中背、白の衣は土埃をかぶり、負っていたおおきな包はおめでたい黄土色をしている。歳は三十前後だが、眉毛も髭ものび放題、ながい髪も結ってはおらずざんばらに肩のうえにたらしていた。
そのくせ、ほそい目にやどる瞳だけは異様に涼やかさを放っている。まるで深山の霧が形をなしたようだと張易にはうつった。
つい今しがたまでかぶっていた笠は、ねかせた木杖のうえにかさねて床におかれている。
太賢良師はひとしきり眠っている琴箭の様子をたしかめると、負っていた包から一片の薄緑色をした紙をとりだした。それを、張易にいれさせた器の水に溶かしこむ。その指二本ほどでたやすくつまめる紙片は、まるで吸いこまれるように瞬く間に水のうちへと消えた。
「さあ、これを飲ませてやるがよい」
そう太賢良師はしずかに言った。
張易はふるえる手でそれを受け取ると、琴箭の上半身を、水を飲みやすいようにささえてもち上げてやる。もったいなくも、良師もそれと察して手を貸してくれた。
「おい水だぞ。ゆっくり呑め」
わずかに開かれたちいさな唇に、慎重に器の水をふくませていく。喉がかわいていたのか、琴箭は朦朧のうちにも、咳きこむこともなくそれを呑みこみ、喉をならした。
「これでよい。あとはゆっくり寝かせることだが」
太賢良師はじっと琴箭の眠り顔をみつめると、言葉をにごして口をつぐんだ。
「······あの、良師様」
張易はおそるおそる問うた。
「さきほどの霊符······薬草をどうにかしたものでしょうか」
思索からひき戻された太賢良師は、意外そうにすこし目を見開く。
「ほう、よくわかった。そう、我が庭で得た薬草を紙としてすき直したものだよ」
褒められて、いえ、私もときどき薬草をあつかうもんですから、などと張易は照れたようにいう。
太賢良師はもういちど筵のうえに横たわる琴箭に目をやり、意を決したように言った。
「どうもよろしくない。この娘は我が庵にて休ませたほうがよい。そなた、確か張といったな。私がほかの者を看おわるまで、この娘をもうすこしここで休ませてやってくれぬか? 終わりしだい連れ帰ろう」




