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【完結】月琴伝  作者: 雲野 蜻蛉
太平要術論
56/403

太賢良師、琴箭に霊符水をあたうこと


「俺の家だ。急げ!」


 突如倒れた琴箭を、張易の先導によって彼の家へと運びこむ。

 家は古びてはいるがなかなかどうして、立派なものだった。一介の農夫には過ぎているといっていい。

 ただ、壁はひびわれ、屋根には草が生えているといった傷み具合が、かつてはあったであろう栄華を完全に霞ませてしまっている。


「じゃあ、その太賢良師ってのは本当にいるんだな?」

「ああ。ここいらで仙人と呼べる人がいるとしたらあの方しかいない」


 月塊は(むしろ)のうえに横たえられた琴箭をチラリとみると、張易にぞんざいに問う。

「養春山ってのはどこにある」

「は? 何を言ってるんだ。こいつはどうするのだ! せめて明日までまって」

「待てん。方角だけでも教えろ」

「真っ暗ななかでなにができるってんだ!」

「いいから言え!」


 張易は眉を怒らせたまま黙りこんだが、結局その場所を口にする。

「ここを出て西へ北寄り」


「······やれやれ、もう童女の足にあわせた旅行きなんざ、うんざりだぜ」


 土間へ降りた月塊は聞えよがしにそう口にすると、ゴキゴキと首を鳴らした。

「仙人なら病のひとつやふたつ何とかできるだろ。首っ玉ひっつかんでもソイツは連れてきてやる。あとは爺のところへ送りつけて終いだ」



「······まったく! なんなんだアイツは!」

 勝手に出ていったあげく、扉まで開けっ放しにしていった月塊にぷりぷりしながら、張易は音高く扉をしめる。

「お前、よくあんな奴と旅なんぞして来られたな。なんて身勝手な野郎だ」

 だが返事はない。

 張易は眠りこむ琴箭の額の汗をぬぐってやると、その枕元に座りこみ、かたく拳をにぎった。




 一夜が明けた。日がのぼってからも、琴箭の熱はさがらなかった。

 いきずりの童女に倒れられ、その供は夜中に出ていったきり戻らず、張易はほとほと途方にくれていた。

 とにかくできる限り琴箭をやすませ、水を飲ませる。介抱といったとて、できることはそれだけで、ずっとそばについていてやるしかない。


「ちくしょう······ここで死なないでくれよ。もうそんなのは勘弁だからな······」

 それにしても、あの妖はなにを考えてるんだ! 人の忠告を無視して、俺に子供を押しつけて! このまま戻らぬつもりじゃなかろうな!



 彼が無力感に苛まれていると、にわかに表のほうが騒がしくなった。

 扉をあけて様子をうかがうと、


「良師様だ! 太賢良師様がおいでになったそ!」


と叫ぶ誰かの声がする。

「太賢良師だって!」


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