太賢良師、琴箭に霊符水をあたうこと
「俺の家だ。急げ!」
突如倒れた琴箭を、張易の先導によって彼の家へと運びこむ。
家は古びてはいるがなかなかどうして、立派なものだった。一介の農夫には過ぎているといっていい。
ただ、壁はひびわれ、屋根には草が生えているといった傷み具合が、かつてはあったであろう栄華を完全に霞ませてしまっている。
「じゃあ、その太賢良師ってのは本当にいるんだな?」
「ああ。ここいらで仙人と呼べる人がいるとしたらあの方しかいない」
月塊は筵のうえに横たえられた琴箭をチラリとみると、張易にぞんざいに問う。
「養春山ってのはどこにある」
「は? 何を言ってるんだ。こいつはどうするのだ! せめて明日までまって」
「待てん。方角だけでも教えろ」
「真っ暗ななかでなにができるってんだ!」
「いいから言え!」
張易は眉を怒らせたまま黙りこんだが、結局その場所を口にする。
「ここを出て西へ北寄り」
「······やれやれ、もう童女の足にあわせた旅行きなんざ、うんざりだぜ」
土間へ降りた月塊は聞えよがしにそう口にすると、ゴキゴキと首を鳴らした。
「仙人なら病のひとつやふたつ何とかできるだろ。首っ玉ひっつかんでもソイツは連れてきてやる。あとは爺のところへ送りつけて終いだ」
「······まったく! なんなんだアイツは!」
勝手に出ていったあげく、扉まで開けっ放しにしていった月塊にぷりぷりしながら、張易は音高く扉をしめる。
「お前、よくあんな奴と旅なんぞして来られたな。なんて身勝手な野郎だ」
だが返事はない。
張易は眠りこむ琴箭の額の汗をぬぐってやると、その枕元に座りこみ、かたく拳をにぎった。
一夜が明けた。日がのぼってからも、琴箭の熱はさがらなかった。
いきずりの童女に倒れられ、その供は夜中に出ていったきり戻らず、張易はほとほと途方にくれていた。
とにかくできる限り琴箭をやすませ、水を飲ませる。介抱といったとて、できることはそれだけで、ずっとそばについていてやるしかない。
「ちくしょう······ここで死なないでくれよ。もうそんなのは勘弁だからな······」
それにしても、あの妖はなにを考えてるんだ! 人の忠告を無視して、俺に子供を押しつけて! このまま戻らぬつもりじゃなかろうな!
彼が無力感に苛まれていると、にわかに表のほうが騒がしくなった。
扉をあけて様子をうかがうと、
「良師様だ! 太賢良師様がおいでになったそ!」
と叫ぶ誰かの声がする。
「太賢良師だって!」




