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【完結】月琴伝  作者: 雲野 蜻蛉
太平要術論
54/403

《本筋再開》月琴、張易にであうこと


 その後は、つつがない旅がつづいた。

 許昌をでた一行は北上し、潁川(えいせん)中牟(ちゅうろう)榮陽(けいよう)と順調に通過していく。

 ひとつ城壁を抜けるたびに、空気が涼をとりもどしていくのがわかった。夏とはいえ、とくに夜はなどは、さすがにここが呉よりはるか北の地であることを実感させられる。


 そろそろ疲れがで始める頃である。

 ここまでで、さすがの琴箭も旅に飽いてしまうかと思われたが、さにあらず、彼女はなかなかの忍耐を発揮し、不平を口にはしなかった。

 疲れはのこるなかも、天下史書に名高い汜水関、虎牢関の、翠と岩と、人の手による堅牢かつ厳粛なそのたたずまいとの調和に目を輝かせ、長江とはちがう黄河の茶色く濁った奔流に素直に驚いた。

 さすがに左手にみえてきたあの山のむこうが洛陽だとしったときは、苦悶、葛藤のすえ、むりにでも我慢するしかなかった。いくら途中、食糧を買いたしたとはいえ、無駄道をする余裕はないのだ。



 無事に黄河をわたり、ふたりと一頭は、ついに河東郡にはいった。



 衛家に顔をだすまえに、琴箭は宿で身を浄め、旅の垢をかなうかぎり落とすと、包んであった綺麗な衣に袖をとおした。

「ずいぶんあらたまった恰好だな。どういう知り合いだ、その衛ってのは」

「父上が官吏だった頃からの知り合い。いろいろじっ懇にしてたらしいから、身なりくらいはね」



 すこし緊張するなか、奥にとおされた琴箭を出迎えたのは、主人夫婦だった。

 主人のほうかまず伯昭が息災であるかをたずね、懐かしいと昔の話をしてくれた。が、当然琴箭にはやっと物心がついたころの話であるため、無難な笑みをうかべるのみだ。

 奥方のほうはほとんど口をきかず、みょうに琴箭を観察するようにみていたが、眼前の童女が、肌こそすこしやけてしまっているとはいえ、身奇麗な恰好をし、作法にかなった礼をかえしたことに満足そうにしていた。


「あいにく仲道は公用で留守にしておりましてな。ぜひ会ってほしかったのですが、残念です」

「? ······ご子息様ですよね。小さい頃、遊んでいただいた憶えがあります」

「それは······息子がきけば喜ぶことでしょう。どうですかな? よければあれが帰るまで、我が家に逗留なされては」


 意外な誘いにはすこし驚かされた。だが、彼女には「このあと」がいよいよ本番なのだ。ここでまごまごしているわけにはいかない。


「お言葉はとても嬉しいのです。けれど父が心配していることでしょうし、できるかぎり早く帰って安心させてあげたいので······」

 衛夫婦はこれをきいて少しがっかりしたようだったが、やむなしとうなずいた。


 せめてひと晩は旅の疲れをとっていってくれとの誘いはありがたくうけ、琴箭は一夜、まともな屋根の下、まともな夜具にくるまれてぐっすりと眠った。



 翌日。もう一日泊まっていかないかとの厚意を心苦しくもことわって、琴箭は目的のひとつであった「桃園楼」の書をうけとり、月塊、槽とともに衛家を発った。

 ここまで自らの足で──あの超常な鬼門のそれはべつにして──千里を苦踏してきたが、以後、旅程のうえではすこし楽になる。



「うーん、快適ねっ」


 路銀のたしにと衛家から心ばかり銀子を融通してもらったこともあって、臆せず船をつかう。流れにのり、一行は降りては泊まりをくり返して、さほど労せず濮陽へといたった。ここからはまた陸路で北へとむかうのだ。


「さて、いよいよあの夢見が、とんだ(たわ)けかはっきりするわけだ」

 鬼がでるか蛇がでるか······もちろんどっちも出てほしくはないが、おのずから身構えるふたりであった。


 とうとう冀州にはいり、広宗を通過、ついに鋸鹿まで目と鼻のさきと迫ったころだった。



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