琴箭一行、鬼門をくぐり、許昌にはいること③
夜おこされてすぐの行進は、月塊の言どおり長くつづいた。
みんなかなり疲れてきた頃、はるか向こうに見覚えのある門がみえはじめた。動くもの、そして動いている自分たちを意識させるもののない空間のなかで、唯一おおきくなってくるそれは、かなり異質な存在感をはなっている。
「わぷっ」
音高く門扉がひらき、そこをくぐると、空気の段差とでもいうのか、みえない柔壁のような感触がきゅうに顔をおそってきた。わけもわからず顔の前で手をぱたぱたやって目をあける。
そこはどこか建物の室内で、うっすら暗く、いくつもならんだ燭台には火が灯してあった。
「······ついたの? 許昌?」
そばにいた月塊にたしかめるように問うと、彼は答えこそしなかったが、やりきったとでも言うように、ひとつふぅと息をつく。
「いやぁ、皆さんお疲れ様。遠路はるばる、我が許昌の屋敷へようこそ」
いきなりそんな声がした。おどいてみると、先導してくれた例の正体をかくした男が、パサリと衣をおろしたところだった。
みな、思わず目を奪われた。そこには長身の美しい男が立っている。色は白く、眉はふとい。目鼻立ちのはっきりとした顔に髭はなく、みる限りではまだ青年のふうにもみえた。
「盤の旦那だ。ここ許昌では商いの顔役をやってるそうだ」
月塊の紹介をうけ、盤といわれたその美丈夫は、ニッと笑んだ。
「盤子虎、といまは名乗っております。どうぞよろしく」
琴箭はぽかんとして盤旦那を見上げていたが、あわてて拱手をする。
「蔡琴箭ともうします。このたびは、えと、お助けいただき、感謝もうしあげますっ」
「いえいえ、お気にさらずに。月君に借りをまとめて返せる稀有な機会をえて、こちらこそ感謝したいくらいですよ」
お部屋に案内しましょう。そういって、ふたたび歩きだす盤旦那に、みなはあわてて従った。槽は盤の手下のものが厩へとひいていった。
「なんだか不思議。まだ夜だけど、これ、さっきまでの夜じゃないんだよね?」
自分でもまとまらぬまま発言をしているなと自覚しつつも、感覚的にそういうしかない。あたりを見回しながら琴箭は問う。
「そうだ。正確にゃ、んーと······」
「十日と半日ほどですか。皆さん思ったより頑張られました」
「えと、盤の旦那様。最初どうしてあんな格好を?」
「ハハハ。まあ、用心のため、というやつです。どこで誰に見咎められるやもわかりませんからな。本来この世にあってはならぬ業ですので」
これが並のものなら他人の空似でとおせるが、これだけ目立つ人物はそうそういない。仕方のない用心なのだなと納得する。
盤が彼女らにあてがったのは、みなが一緒に寝ても充分な広さの一室だった。
「使用人の部屋です。一両日ほどはこちらで過ごしてくださって結構です。今後のことは、疲れをとってからにしましょう」
翌日。
まるで冗談のようにきこえた月塊の話が、まったくのつくりごとでないことがわかった。
誰ひとりとして床から起き上がることができず、運ばれてきた食事もほとんど喉をとおらない。匙をあげるのすら億劫なまま、その一日がすきた。
だが、そこは若さのかたまりのような童女たちのこと。翌日には皆、すっかり元気をとり戻していた。
合議のすえ──といっても、あらかた月塊と盤子虎のあいだで話はついていたが──望むものはひとりずつ、盤旦那の例の鬼門一足の法で故郷に送ってもらえることになった。
数日後。槽の疲れも無事癒え、琴箭と月塊も発つ日を迎えた。
「私ともうひとりは、ここで働かせてもらえることになったよ。盤の旦那様がおいてくださるって」
姐分の娘が顔を輝かせていう。琴箭はなぜだかすこし救われたような気がして、おなじくらいの笑みをかえす。
「よかった! これでひと安心ね」
「本当にありがとう、琴箭。月塊さんも。私たち頑張るよ」
みな、琴箭と月塊に救われて感謝しているのだと示すように、娘ははなれて見送る童女たちをみやる。
その中央には、すっかり童女らに懐かれた盤の旦那がいる。
「なんか、俺とあつかい違わねぇか」
大活躍のすえ彼女らの恨みをすすぎながらも、怖がられてついぞ距離をとられっぱなしだった月塊が、その光景をぼんやりとながめてこぼした。
「······顔ね」
「······風格?」
ふたりしてみもふたもない結論をくだす。
槽の背にまたがった琴箭が出発の号令をだした。と、つづこうとした月塊の袖が、やんわりとひかれる。
「私は、腕っぷしの強いのがいいとおもうよ」
そうささやいて、待っている仲間のもとに走る娘の後ろ姿に、月塊はフン、と鼻だけならして応えた。
次回から本筋にもどります。
土曜日更新予定です。
誤字、間合いを修正しました。




