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【完結】月琴伝  作者: 雲野 蜻蛉
太平要術論
52/403

琴箭一行、鬼門をくぐり、許昌にはいること②


 月塊はあつまった面子の顔をながめ、眉をしかめた。


「······アンタいま、『やれやれ、ガキはひ弱でほんと面倒くさいな』とかおもったでしょ」


 あいかわらず鋭い琴箭の指摘に、童女らのじとりとした目がいっせいに月塊にむく。

「······なんだよ。本当のことだろ、人が脆弱なのは」

 そのままごまかすようにうーん、と唸って頭をガシガシとかいてから、月塊は盛大に息をはいた。


「しゃあねぇ! 琴箭、おまえら、ちょっとここで待ってろ」


「待ってろって······あんたどうするのよ」


「いいから待ってろ。うろうろすんなよ? 二日ほどでもどる」

そう言い残すと、月塊は闇のなかへ消えていった。


 旅を無事に終えるためには、一日の停滞もゆるされぬと話していたばかりではないか。何もせず、ここで二日をあかす? かなり勇気がいる決断だった。


「······ねえ、ほんとうに大丈夫なの?」

 姐分が不安そうにきいてくるが、琴箭も月塊の考えすべてを把握できているわけではない。


「うん、まあ、大丈夫。アイツがああ言った以上は。約束だけは絶対にやぶらないから」



 やがて朝となり、一日が暮れた。

 月塊はその日、姿をみせることなく、そして二日目も暮れ、夜がきた。




 闇のなか、ほかの子らとかたまって布にくるまっていた琴箭は、いきなり肩をゆすられた。

 寝ぼけ眼をこすって顔をあげると、月塊がいる。

「しずかに。コイツら全員おこしてついてこい」


 みな、まだ夢見心地のまま、それでも静かに月塊の後についていくと、そこには立派な門がひとつ、でんと建っていた。奥にはまるで都の宮殿のような豪奢な建物が、暗闇に溶け込むようにしてみえている。

 こんな野っぱらに、なんでこんな場違いな建物が。そう勘ぐるまえに、その前に屹立(きつりつ)するひとりの人物に目がとまった。


 おおきい。背だけでなく体格も堂々たるもので、なまなかの兵よりよっぽど威圧感がある。にもかかわらす、頭からすっぽり衣をかぶって身を隠しているのが、どうにも不気味だった。


「いいかお前ら、いまからこの門をくぐる。むこうにみえる建物まではかなり歩くから、覚悟しろ。チビたちは槽にのせろ。いいか、絶対にはぐれず、ついてこい」


 ギィィと音がして、門がひとりでにゆっくりと扉をひらく。皆、謎の男の先導につづき、ぞろぞろと門をくぐった。

 このての音にあまり良い記憶のない琴箭が小声で月にささやく。

「ちょっと。これ、どういうこと?」


 あきらかに尋常の手段ではないうえ、空を見上げてもさっきまであふれていた星はまったく見えず、おまけになんだか空気がへんだ。ちょっと麒麟の折にはいった後庭のそれに似ている。


「いま鬼門をくぐってる。出口を抜ければそこが許昌だ」

「な······」

 とてつもないことを聞かされた。とすると、これは縮地の法ともいうべきなにかだということか。

「それはやっぱり、あの人の?」

 先頭をゆったりと歩く人物に目をむける。だが月はそれには答えず説明をつづけた。


「ここでは一歩が十歩となる。そして遮るものはなにもない。許昌までは、半日の半分ほど歩けば着くだろ。

 だが覚悟しろよ。明後日には、本来かかるだけの負担が体にふりかかる。十日分の疲れが一度にきて、一日中動くのも億劫だからな」

 琴箭はしかし、とてつもない出来事に興奮をかくせない。

「なにいってんの、平気よそれくらい! そんな短い刻で許昌までいけるのよ? でもあんたが気にするのはわかる。小さい子にはちょっと厳しいわね」


 うつらうつらしているふたりを載せた槽の後ろから、姐分の娘がのこりひとりをおぶってあるく。

 月塊はそちらにも注意をうながした。

「おい、お前もあんま張り切んな。後でぶっ倒れてもしらねえぞ」

「大丈夫。驢馬にだってその疲れはくるんでしょ。これ以上あなたたちに迷惑かけたくないの」

 ありがとう、とつづいたその娘の言葉に、月塊は勝手にしろ、とだけつぶやいた。



細部を修正しました。

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