微大尽、童女らにこてんぱんにされること③
すこしだけ長めです。
だしぬけに頬をうたれる痛みで、琴箭は飛び起きた。
最初に目にはいったのは、おどろいて身をそらせる娘、そしてその背後の板壁だった。
「大丈夫? その様子だと、あんまり食べなかったみたいだけど」
食べるもなにも、事前の月塊の忠告によって、自分はいっさいあの料理を口にしていない、はめられたフリをしただけだ。うまく眠りこんだ風をよそおっていたら、何人かの手によって、この場所まではこばれたのだ。
まわりを見渡してみると、どうやら牢のなかのようだった。すぐ前には木造の重厚な格子。横壁の高い位置に窓があり、そこから夕日がうっすらとさしこんでいる。
そのなかに、十数人ほどの子女たちが所在なさげに座っていた。歳は自分と似たりよったり。ほんの二、三人ほど、さらに幼少のものもまじっている。
「これは······どういうことになってるの?」
「ヘンな娘ね、あなた。ふつうここにきた娘はもっとびくびくしてるのに······ここは微大尽の牢。売りもの私たちを閉じこめておくためのね」
「売るですって?」
琴箭が目をまるくすると、彼女を看てくれたらしいその娘は眉をくもらせて、少人数でぽつぽつとかたまる仲間たちに目をむけた。
「たいていは買われてきたらしいけど、なかには拐われたってコもいる」
「そんな······なんとかして逃げなきゃ!」
「ムダよ」
ちかくにいたべつの娘がこたえた。
「アイツら、妖と手を組んでる。こないだも騒いだコたちが、妖たちにひき出されたっきり、まだ戻ってないもん」
妖? ますます放ってはおけぬ一語だ。そうなると月塊がとたんにはしゃぎだすだろう。もっとも、いまは遺憾ながらそれに頼るしかない。
そういえば、その肝心の月塊はどうしただろうか。微大尽の言葉によると、里の外にすてられたらしいが······
「──安心して? 私の連れは、オツムはアレだけど腕っぷしだけはかなり強いの。みんなここから出られるわ」
だが、琴箭の前向きな言葉にも、面倒見のよいその娘は寂しそうに笑うだけだった。
「そう、それはよかった。でも私は、いけない。家に帰ったって家族をこまらせるだけだもの。こんどは妹たちがこんな目にあうかもしれない。だから······」
そう言われては、琴箭も一方的な厚意を押しつけるわけにはいかなかった。
指示どおり、意外におもたかった眠りこけ男を郊外に棄てた男たちは、肩を回しながら帰途につく。その背後で、むっくりと月塊が身をおこすのに気づいた者はいなかった。
まず、後ろを歩いていたふたりが、たがいの頭をぶつけられ、目をまわして倒れ込む。すこし先をあるいていた三人目が気づいたときには、すでに月塊に背後をとられていた。
「な、なにをする! ······いいか、もし俺たちに手なんか出そうもんなら、その時は、旦那に手を貸す妖様がお前を引き裂くからな!」
このひと言が余計だった。
「おいコラ、主! ツラぁみせやがれ!」
前庭のあたりでわめき散らす声に微大尽が出てくると、さきほど棄ててこさせた男が仁王立ちしていた。
「なんだなんだ、お前は! 儂の屋敷でなにをしている!」
「なにをだと! 親切ごかしで泊めてやるだの言ったあげく、一服盛りやがったくせにいい度胸だ!」
だが、こういう事態には慣れっこなを微大尽の舌によどみはない。
「なにを寝ぼけたこと······お前なんぞ見たこともないわ。さては図々しくたかりにきやがったな! やい、目にものみせてくれる!」
大尽の合図とともに、手に棒や鉈をもった下男たちがバラバラと出てくる。
月塊はニヤリとわらう。
「なんだなんだ、意外とはなせるじゃねェかよ。よおし、じゃあ一丁やるか!」
屋敷の前庭は阿鼻叫喚の坩堝と化した。
下男たちの得物を、月塊は鞘からぬいた刀のようなモノで相手どる。一見、それは剣のようだが、よくみればその突先は四角く、両角もおとされて丸みをおびており、刃はまったく立ってすらいない。
いわば柄と鍔をもつ、すこし厚みのある鉄板をふり回しているのだった。鉄鞭という。
みずからに殺生を戒める月塊ならではの発想といえるが、妖である彼が振るえばそこいらの剣と危うさはなんら変わることはない。
ある者の長尺棒はまっぷたつにされ、ある者は脛をぶたれてひっくり返る。ものの数手で、下男たちはたまらぬと得物を捨てて逃げ出した。
「やっ、こらお前たち! まて! さっさと始末しないか! おいッ!」
だが当然、下男たちはそんな声を聞く耳をもたない。
独りきりになった微大尽に、月がゆらりとにじり寄る。
「さぁて、お前はどうやって遊んでくれる?」
「ヒィッ!」
「遅かったわね。どこまで捨てにいかれてたの」
格子のまえにたった月塊に、琴箭はやや不満そうにいった。
「うるせえ」
「なんかまた、妖がらみらしいわよ、これ。よかったじゃない」
ああ、と月塊は煮えきらない声をだす。
「それはねえ。この屋敷からはいっさいそんな臭いはしない。今も、たぶん昔もな」
なんだ、じゃあの男たちのホラだったのか。
「······ま、いいわ。はやくここから出して頂戴」
琴箭はたちあがり、こちらをポカンと見つめる娘たちにいった。
「みんな聞いて。あの微って主人のいってたことは嘘よ。妖は──まあ、時々ヘンなことするのもいるけど、ほんものの妖っていうのは」
その合図とともに、月塊はいともたやすく格子を二、三本、音高くへし折った。
「こういうことが出来る連中のことをいうの」
歓声をあげ、童女らはひさしぶりの外へと駆け出してくる。琴箭も小屋をでると、うーんとおおきく伸びをした。
「ねえ、みんなちょっと来て!」
誰かが声をはりあげ、めいめいそちらへと駆けだす。琴箭もなにごとかと様子をうかがいに後を追った。そして、
「··················」
絶句した。
そこには、気を失って転がっている何人かの男らと、地面から頭だけをだしてウーウー唸っている微大尽の姿があった。ご丁寧に猿轡と目隠しまでされている。
「···········アンタ」
「別にいいだろ。なんだこれくらい、妖の矜持を傷物にしたむくいだ」
幼い子らをたすけながら、苦渋の声音でのこるといったあの娘もやってきた。そしてやはり呆気にとられた。
「御免なさい。ウチのコレが短気でやらかしちゃってた。でもこうなった以上、残るのは危険かも······」
ふうっ、と娘は息をはく。どこか安心したような、吹っ切れたような表情で。
「やっちゃったんなら仕方ないな。なんとかやってみなくちゃね」
いい、もう余計なことはしないでよ? 彼女たちを守ってて。
そう言い残し、琴箭は槽を迎えに厩へとむかった。そうして残された娘たちが、ひたすら呻いている微大尽をみているという、絶妙な光景だけがのこされる。
面倒見のよい娘の眼が妖しげに光った。
「誰か、奥から水桶と剃刀もってきてくれる? それと持てるだけの食糧も。いそいで!」
娘たちはキビキビと動き、面倒見のよい娘の手に、鈍い光をもつ剃刀がわたる。
「いままで犠牲になった娘たちのぶんだ······」
帰ってきた琴箭がみたのは、髭までもまるっと処理された、夕日を見事に照り返すつんつるてんの微大尽の頭だった。
「これは·········や、いい。さっさとづらかりましょう」
こうして、一度に十数人となった琴箭一行は、広陵めざし歩をすすめるのだった。
流れを修正しました。




