江賊、水難にあうこと②
舟は滑るようにすすむ。
目にはいるのは、圧倒するようにほぼ全面をしめる天。そして、とてつもないうねりを鏡のごとき表に秘め、おこる波さえも風情といった大河のみだ。
槽を帆柱につなぎ、舟の真んなかへんに陣取った琴箭と月塊は、舟べりからきらきらと陽に煌めく水面を呑気に愉しんだ。
ちょうど中ほどまできたとおもわれた頃だろうか。
唐突に舟がピタリと止まった。
「さぁて、そろそろ舟賃をいただこうかい」
「···なにぃ?」
月塊がたち上がろうとするが、船頭は舟べりをつかんで威嚇する。
「おっと! 動くと河にぶち落とすぜ。さあ、大人しく出すモン出しな!」
「月っ」
すがりつく琴箭に制されては、月塊もやむなく腰をおとすしかない。
もとが岩である自分は落ちても溺れることはないが、いちど沈んだらこの舟にもどることはまず出来ない。そうなれば、おなじく泳げない琴箭ひとり、舟にとり残されてしまう。
ふたりに手がないと悟った船頭は、隠し持っていた匕首を抜くと、ゆっくりとふたりへにじみ寄ってくる。
ドバーンッ!
突然派手な音がした。
仰天してふり向けば、今まで櫓のあたりにいたもうひとりが河に叩き込まれたところだった。そのかたわらに、やはり後ろでうずくまっていた旅姿の男が刀を手にたっている。
「やっと見つけたぜ。テメェらだな、もぐりでシマぁ荒らしてる奴は! 甘の大旦那はお怒りだぜ!」
ゆれる舟のうえであるにも関わらず、男は俊敏にもざっと駆け、
「のわっ!」
ついでに邪魔だった月塊まで河につきおとす。
いっぽうの悪船頭は「甘の大旦那」とやらの名をきいてすっかり縮みあがってしまっていた。
「さぁて。てめぇの方で飛びこむかい、それとも俺が手を貸してやるか」
こたえるかわりに、船頭は一目散に河へ飛びこみ、岸をめざして泳ぎさるのだった。
「······助かった」
なんとか舟のへりにつかまっている月塊の腕を押さえていた琴箭は、ホッと息をついた。
「···さぁて、お次はお前さんがただ。頂くもん頂こうかい」
「はえっ? 助けてくれたんじゃないの?」
「だれがンなこと言った? ここでアンタ方を逃しちゃ、俺がどやされちまわぁ」
難去りてまた一難。
じり、っと今度は殺しもいとわぬような男が、刀を手に迫ってくる。だが頼みの月塊はいまだ水中でおたおたしたままだ。
「ちょっ······もうっ、はやく上がって!」
男がまた一歩間をつめる。それはちょうど帆柱のあたりで────
お利口にも、大人しく舟に揺られていた槽の真後ろだった。
「あ」
琴箭のつぶやきがなるかならぬうちに、男は飛んできた蹄の一撃を鳩尾に喰らい、よろけたところに足をとられ、もんどりうって水に落ちた。
「やった! 槽っ、えらいっ!」
大殊勲をあげた槽は琴箭に撫でまわされ、長いまつ毛をふせて満更でもなさそうだ。
ようやく舟に戻れた月塊は、河の水以上に湿った目でみてくる琴箭から目をそらした。
視線の先には、不意の痛手をうけて河におちた男が、仰向けで水に身を任せている。はじめ泳いで舟にかえるかどうかと悩んでいたが、月塊が船上にはい上がるのをみて諦めたようだった。
「······そらよ」
積んであった長竿の先を男にむけてやる。男はちょっと迷ったが、その救いの手を素直にうけた。
琴箭は容赦なく「ふたりに」命じる。
「じゃ、無事『私たち』を向こう岸まで渡してね。それが『貴方たち』の助け賃だから」
「······わ、かった···向こうにみえている陸まで、でいいん、だな」
「あれは中洲でしょ。向こう岸まで、よ。そんなとこに揚がったらアンタのお仲間がわんさと出てくるじゃないの」
最後のたくらみさえあっさりと看破され、男は痛みをこらえて帆のまえに立つのだった。
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