月塊、千里の道行きをおもうこと②
アンタで。
そういいたいところを、琴箭はなんとかこらえた。
月塊が実力の半分でもだせば、おそらくこの天下に勝てる馬はそうはいまい。力のほうは言わずもがな、自分とちょっとした荷なぞ重石にすらならぬ。なんなく六日ほどで司隷までたどり着いてしまうだろう。
ただそんなこと言おうものなら、たちまち彼は機嫌を損ねてしまう。
貴重な護衛だもん、逃がさないようにしないとね。
「······なに見てんだよ」
「ナンデモナイヨ」
冗談はさておき、琴箭は自慢の足代わりを紹介することにした。
「じゃーん。このコが私の愛馬、槽ちゃんよっ」
庵の裏にある厩から、琴箭は一頭の驢馬をひきだした。
灰の毛色をしたその雌驢馬は、少女に轡をもたれても抗うことなく、大人しげに地べたの草を食んでいる。
「なんだって? 槽?」
「そ、水とか飼い葉とかいれるやつ。槽だいすき。よくかじって遊んでるの」
ふん、と月塊は生返事をうつ。
「里の畑仕事に貸しだしてたんだけど、今度の旅のために、帰ってきてくれたんだよね~」
琴箭は愛おしそうに鼻面を撫でているが、槽とやらはお構いなくとばかり、こちらに尻をむけたまま、草をかじることに夢中だ。
おそらくこの家で一番の働き者なのに、暗に「大食らい」とあわれな名をつけられた驢馬······月塊はなぜか憐れみの気をもってその生き物をみつめた。
······それでも童女がのこのこ歩くよりはまだマシか。
「ま、よろしく」
ノシッ。
踏み出そうとした月の足の甲に、けっこうな重みがかかる。槽が後脚で、それほど大きくもない的を見事に踏み抜いていた。
「知らない人が背後にたつと、よく蹴られちゃうんだよね······」
てへへ、とそれでも可愛くて仕方ない、といったふうな琴箭。
さすがというか、なんというか。
このふてぶてしさ。ナメくさった態度。家畜は飼い主に似るというのは、あながちホラでもないらしい。
人間なら確実に骨をいわしているだろう重みをぐりぐりと左足に感じながら、月塊はつづきを口にした。
「······頼むぜ」
やはり尻をむけたまま、上唇と下唇を互い違いさせながら、槽がこちらを嘲笑うように啼いた。
数日後。とうとう準備はととのった。
次回更新は、土曜日を予定しています。
脱字と一部セリフを修正しました。




