月塊、千里の道行きをおもうこと
琴箭はさっそく旅の準備をはじめた。
なにせ、ほぼ天下を縦断する大仕事だ。いくら準備しても、足りるということはない。
いまはすこしでも日持ちをさせようと、筵にひろげた米を天日干しにしているところだ。
「きいて? 旅程なんだけど、まずは父上の言いつけどおり、河東郡をめざそうとおもうの」
今回の旅での目的地はふたつ。
ひとつは司隷・河東郡にある衛家。もうひとつが冀州鋸鹿郡にあるという養春山だ。
それぞれここ呉の地から、おおまかに突っ切って、西北に一二一〇里、西北西に一〇一二里というはるか彼方にある。
彼女の考えにしたがえば、まずは河東によって珍書をうけとり、その足で冀州をめざすということになるが···
「わざわざ荷をふやしてハシゴするのかよ。河東から鋸鹿までだって五百里以上はあるぜ。あのへんは高山ばっかだし」
月塊は長竿で雀をおいのけながら言った。
「それなんだけどね。父上に訊いたら書はそんな荷物になるものじゃなかったの。
『桃園楼』っていう古詩なんだって。まあ、珍しいは珍しいけど、わざわざこの足で受けとりにいくようなものでもないっていうか······人を頼んで送ってもらってもいいと私もおもう。
まあそんなだから、増えるとしても竹帛一巻。その頃には荷も減ってるだろうしね。
上手く黄河の流れにのって濮陽あたりまで出られれば、すこしは日数もちぢめられないかなぁ」
どちらにしろ真の目的が他人のお宝を失敬するという盗賊行為である以上、そういう順路をとるしかない。
うまくやりおおせたなら、また南下し、しばし黄河をさかのぼったあと、淮水につづく支流をつかって一気に広陵までくだり、丹徒から長江をわたる。
日数にして、移動だけでも往復六十日前後という、途方もないものだ。それも、あくまで図上での算段なのである。
「んで? お前、どうやってそこまで行く気だ?」
まさか、根性で歩く、などとは言わぬだろうことを承知のうえで、月塊は問うた。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
えらく数字がでた回となりました。
距離にかんしまして。
一里は四〇五メートルとしました。辞典によると、周代ではそうだったらしいので。
明日正午、つづきを更新いたします。




