琴箭、夢にて啓示をうけること③
琴箭は座りなおすと、床から一本の鉄扇をとりあげ、さわさわと月塊をあおぎはじめた。
「でも夢でおわらすにしちゃ、具体的すぎるでしょ? 地名とかさ」
これがふつうの者ならば、いつの間にかそんな気遣いができるようになったのか、オトナになったな、などと心も動かされようものだが、相手が彼女となればそうもいかない。たんなるおべっかであればまだ良いのだが。
どこかでみたような鉄扇の動きを追いつつ、月塊は相づちをうった。
「······まあ確かにな。そんな書物のことはわからんが、南華老仙ってのがどうにも」
そこでまた考える仕草。ふと琴箭は、真っ先に訊くべきだった質問を思い出した。
「そういえばアンタ、今なにやってんの?」
「······ちょっと捜しもん。まあそれはいい。どちらにしろだ、そんなあやふやなモンを根拠に冀州くんだりまで行くなんざ、さすがにどうかしてるぜ」
「むぅ······そうかなぁ」
めずらしく素直に落ち込む琴箭だった。
その時、扉をひく音がして、誰かのっそりと庵にはいってきた。
「あ、父上、お帰りなさいませ。いかがでしたか? 釣果は」
蔡伯昭。
わすれがちだが、この庵の主にして、琴箭の父。
たいがいは出払っているときいたが、ここ数日ほどは娘の客──月塊──がきているからか、ずっと家にいる。
珍書を捜してふらふらしているというからもっと若いのかとおもっていたが、会ってみると、どうみても六十はこえていそうな爺さんだったのには驚いた。これであちこち出張るのだから、よほど元気なのだろう。
「うーん残念。お魚はまた今度ですね。え? お客人にお水を、ですか? ······わかりました」
琴箭が不承不承でていくと、老学者は、よっこらせとばかりに、月の傍らに腰をおろした。
「なんだ爺さん、なんか話か? ん? いや、世話なんかやいたおぼえはねぇが······なに? 世話ついでにもひとつ頼まれてくれだ?
はぁ、アイツを河東まで送ってくれ? なに寝ぼけて──その行き先の衛家が珍しい書があるって報せてきたって? ブレねぇなぁ、アンタも。
娘ひとりじゃ無謀もいいところだからってか。そりゃそうだが、だったら使いのモンをやるとか···なに? アイツじゃなきゃ駄目だ? でも心配だからアイツと一緒にいって、無事連れかえってくれ?
ふざけんな! なんで俺がそんなこと······そんなに娘が大事なら、柱に綱で結わえつけとけってんだ!」
思わず立ち上がろうとする月塊。だが、
「あれっ」
なんとその場から一歩も動けぬ。驚いて下をみれば、あのもう二度とみたくない緑白色のかたまりが、自身のあぐらをしっかりと床に縫いつけているではないか。
「! あのヤロ······あの鉄扇!」
例の折、例の奥方がもっていた妖力をおびたあの鉄扇。いつの間に!
「あ、なんだジジィ、いまちょっと······なに、世の中には一宿一飯の義というものがある、米粥を食っただろうって? そりゃ、だってアレはアイツの礼で···は? この家の主はまだこの儂だと! 娘からきいた、妖とは約定をなによりも重んずるのだろう、だとぉ······っ」
一瞬ののち、里はずれにしては珍しく、月塊のひときわ大きな声が周囲にひびきわたったという。
「なんだ、この父娘!」
また玉でました。しつこくてスイマセン。
次回は翌火曜日に投稿いたします。
青州ではなく、冀州でした。訂正します。
セリフ、極微修正。




