琴箭、大空に龍をおよがせること
とうとう妖が郷にまであらわれた。
しかもあろうことか周朱硯様が襲われ、石にされてしまったそうな。
そんな話が辺りに伝播するのに、ものの二日とかからなかった。
近隣の者たちは肝をつぶして震えあがり、どうなるものやと恐々としたが、なぜかそれ以降、人を石にかえる妖の噂はぱたりとやみ、やがて人々の頭から消えていった。
本人が、妖をもって人々を財に換えていた事実とともに······
「ねえ」
里。
もう春は本番となり、若草のやわらかい匂いに大気もほだされ、ずいぶんと過ごしやすくなっていた。
琴箭は、下から、まるでなにかの獣のように木の枝でだらしなく寝そべる月塊に声をかけた。
「やっ」
とどくよう力いっぱいに投げてよこした蜜柑の実を、無精にも月塊はうつ伏せになったままつかみ、口にはこぶ。
「麒麟がいたってことはぁ······ひょっとして鳳凰や龍もいたりする?」
物騒な問いかけだ。月塊は好奇心で瞳を輝かせている琴箭に、胡乱な目をむけた。
「さあな。俺はしらん。知りたくもねえ」
「そんなこと言ってぇ。また俺が狩ってやるーっていわないの、ねえ?」
「うるせえ」
風がふく。日差しは暖かくなったが、ときおりそうして差し込む風には、まだはっとさせる冷ややかさがとけ込んでいたりする。
「······さて、っと」
まだ口をモゴモゴさせながら、月塊は立ち上がった。
「んじゃ、そろそろ行くわ」
「──また、寄りなさいよ? せっかくその······朋友になれたんだし」
月塊は応とも否ともいわず、琴箭をみてはぁと息をはいた。琴箭はむうっと頬を膨らませ、月塊をにらむ。
「ま、そうだな。オマエの腰が曲がる頃くらいにゃあな」
「ちょっと! それじゃどこにも行けないじゃん!」
だからだよ。
「いいから! 約束しなさい! ねえったら! ねえっ!」
琴箭がやかましくすると、
「俺は約束はしない、金輪際」
月塊は西の方を睨んでぽつりとだけ呟いた。だがすぐに機嫌をなおして続けた。
「そして嘘もつかねえ。たまになら寄ってやってもいい。食いもの、用意しとけよ」
じゃあな。
一声をのこして、枝がおおきくザッと揺れた。もうそこに月塊の姿はない。
琴箭はおおきくうねりをもって動く青空のむこうに瞳をこらした。
もし龍が在るのだとしたら、あのへんにいるのだろうか。
「いけないっ、もうすぐ父上が帰ってくるんだったっ」
昨日、行き合いになったという旅の者が、律儀にもそんな報せをもってきてくれた。
帰ってこられたら、胸をはって殷秋史を見せてあげよう。きっと喜んでくださる。
素晴らしい思いつきに、琴箭は顔をほころばせ、庵のほうへとかけ出した。
おわり
ここまで読んでくださった皆様、ほんとうにありがとうございました。
こんなにもおおくの方に読んでいただけたのだと思うと、嬉しいやら、身はひき締まるやらで大変です。
いちおう、おわりとありますが、まだ完結とはいたしません。三國志感薄めですし、リベンジしたいです。
できるだけはやく投稿を再開したいと考えております。またお会いできれば嬉しいです。




