麟解かれ、朱硯、あがなうこと③
「·········おぉ、そなた、か」
女性の麒麟──麟の金光にはなにか傷を癒す力があるのか、あれほどの大怪我をおった麒が意識をもどし、声まではっした。
その姿をもとめるように、ふるえる前脚をあげる。麟がその脚をやさしい手でつつむと、麒はふうっと息をついた。
「···無念だ。目が、みえぬ。だがそれでも、主のあでやかな姿ははっきりと感じとることができるぞ······」
睦まじいふたりの様子に、琴箭はホッと息をついた。
なるほど。これは捨て身にもなるわけよね······
『昔』
麟がはじめて言葉をはっした。耳ではなく、心にじかにひびいてくるような。でもとても心地よい。
麟は面をあげる暇も惜しむように、夫のいたんだ脚をやさしく撫でている。
『私はひとりの仙人に、この書物のなかへ封じ込められました。書はいくつにも写され、そのたびに、囚われていた私の心もわかれて散っていった。
彼は永い時をかけ、それらをひとつひとつ集めてくれたのです』
「···そっか。そして最後の仕上げが、その、人間の魂魄を···」
『······悪しきことだとはわかっておりました。私に彼をとめる勇気がないばかりに。本当にごめんなさい』
琴箭は答えに窮し、迷うように唇をかんだ。
自分のことなら、まあ、許すっていってもあげられる。けど犠牲になってもどらない人のことは······
だが哀しそうにまつげを伏せる麟をみるうち、琴箭は可哀想になってしまった。
「私にしたことは、もういいです。でも、もう金輪際、こんなことはやめてくれると約束してくれますか?」
麒麟たちはお互いにみつめあった。そしてふたりでかたくうなずいてみせた。
「わかった。汝に誓う。もう二度とこのようなことはせぬと。我らは深山へと帰ろう」
「·········まて」
水をさすように背後でみじろぎする者があった。
周朱硯が、ゆっくりと立ち上がり、手にあった役立たずの柄をゴロンと投げ捨てる。
「······忘れ物だぞ。···貴君に見放され、大義は潰えた。永らえる理もない」
「······」
麒はじっと朱硯の様子をうかがっていたが、麟にうなずきかけると、ゆっくりとおき上がり彼に歩みよった。
「ちょっと?」
「よせ」
あわてて止めようとする琴箭を、月塊がさらに制した。
あいかわらずどこか顔色がわるいが、それでも明瞭に断言する。
「人と違って、妖にとって約定ってのは絶対だ。それは天地がひっくり返っても疎かにはしない。まずハナからの取り決めだったんだろ」
麒のふかい息があたる。朱硯の身体は瞬く間に玉塊へとかわった。
ぬけでた人魂が麒の懐におさまると、残塊はたちどころに散華して滅した───
最終部(仮)は土曜日正午に更新いたします。




