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【完結】月琴伝  作者: 雲野 蜻蛉
哀別双詩
374/403

理砕きて、皇珠地に再臨すること②

今年も一年間、ありがとうございました。


「「ずいぶんと荒い造りだ。お前のその具足、なるほど確かに硬軟自在······とはいえ(かさ)が増えるわけではない。みよ、攻めにまわす側から護りが崩れておるわ」」


 伸縮可能とはいえ所詮は近接武具。しかも自在に動かせるのは己の意志で制御できる範囲に限られるとみた。

 つまりは戦が長引くほど、相手の攻勢に晒されれば晒されるほど、自身の攻撃力もまた下がっていく。同等以上のものと伐ちあうことなぞ想定されていないのだから、当然といえば当然ではあるが。

 さらに有効圏に近寄らせさえしなければ剣を伸ばして攻めるを得ず、おのずと弱点を露呈する欠陥品。つまりは──



 このまま妨げておけば良いのだろう?


 抜かしとけ!



 月塊、掴みかかる天主の腕を蹴って跳躍し、逆さまになりながらも彼の背後をとることに成功する。


「「余に死角なぞ」」


 前左右どころか、背後までに配された顔に睨まれては仕様なく、鋼殻剣は白刃取りされ呆気なく砕き折られる。月塊は歯噛みして気流をあつめ、剣を再製させるしかない。



「「························」」




 馬弦は気を抜けば沸き上がる恐れや焦りを必死に抑えながら、(まぶた)を閉じて祈った。

 くそ、耳から入ってくる轟音が妨げる。なら両耳をおおうまでだ。集中を欠かすな。響いてくる鼓動、その一点に──



「かならず出来る。皇珠よ······たのむ応えて」



 皮肉なものだ、という思いはある。

 自分はいまの今まで、只人だと思ってきた。攣鞮(れんてい)氏の子息として、他よりは恵まれた生を八年間送ったつもりだ。清栄や兄妹たちとも仲良くやってきた。

 だがそれは皆、嘘だった。

 いや、正確には嘘ではないのだけど、それは天主に呑み込まれてしまったらしいもう一人の自分、本物の馬弦の記憶だ。化身(こちら)にとってはやはり嘘、幻影にすぎない。

 しかもそれをしたのが実の親、これから助けようとしている人なのだ。どんな大義や理由があったにしても、一言訊ねるくらい自分にも許されて然るべきではないのか。忠だ孝だは習ってきたが、どうせそれも「この」僕ではないのだろう。


 なんだかだんだん腹が立ってきた。このまま眠らせてなんて絶対にやるもんか!


 怒りのせいか何なのか、響いてくる鼓動の音が、明確になってきた。


 いける······!


(たどれ、その(もとい)まで······意識の先を伸ばすように!

 ······絶対に面と向かって答えてもらうんだ。貴女だって言い訳のひとつくらいあるでしょう、母上ッ!)


 大いなる力とはまた別の、ごく薄い光が己を包んでいることを彼は知らない。

 その光は一定の間隔で明滅をくりかえす。遥か上空の天主の内より聴こえる鼓動に合わせるように。それはときに騒音にかき消されようとも、けして絶えることはない。

 いよいよ深淵の境地に至った馬弦の暗闇に、十二本の腕をもつ奇怪な天主の姿を形どった光の像がみえてくる。その光のなかに湧きたつ波紋は無限に跳ね返りつつ反響をくり返し、やがて天主という存在(かがやき)の、ある一点へと収束してゆく。




 奇異だな。

 そう感じたのは、無意識の筆先がふと勘を撫でたからに過ぎない。

 月塊の奴は相変わらず無謀としかいえぬ突撃を繰り返してくるが、それは焦りからのものでないことはわかる。此奴はけして勝利を諦めてはいない。


 ······何かを狙っている、そんなところか············


 すでにどちらが優位であるのか、その差は明らかである。だというのに突貫一択というのは、すなわちその行為が勝利へとつながる一手に関係するからか。


 アレも朽ちても天仙大宝。私がそうであるように、奴にもまた奥の手くらいあるはず······


 天主は悠々と宙を舞いながら、月塊の突進を捌く。


 躊躇っているのか。なら、撃たせてみるか?


 たとえどんな力だろうと遅れなどとらない。絶対の自信をたずさえるからこその天主のこの一瞬の逡巡は、それゆえの隙を生じた。ほんのささいな、じつに儚い隙。


 だがこれを見逃す月塊ではない。いかに目を逸らすための偽りの突出だとしても、攻め込める好機に遠慮する必要などないのだ。

 大量に押し寄せてきた腕を、自身の右腕の鋼殻を盾にズシンと受けとめた月塊は、それをあえて切り離す。突進の風圧にむき出しとなった袖からのぞく右腕が、稲光を透かす煌めきを放ったと思われた刹那、左腕が抜けでた(もの)を掴んでいた。



「──喰らいやがれェッッッ!!!」



 掴みかかる腕、進路を阻まんとする腕、それら全てをかいくぐり月塊がはじめて天主へと肉薄する。勢いをのせて突き出された雷戟がこれでもかという圧迫をもって天主の右胸へと突き刺さった。


 眩い光が弾けた直後、耳をつんざく炸裂音。

 そののち、着弾点をぶすぶすと煙で焦がしながら天主の身体がおおきく蹌踉(よろ)めいた。月塊のそれの何倍もの厚みがありそうな赤具足の表面には、亀裂と大きな凹みが残る。




「──ッッッ! ヌグアォッ············!?」



「どうだッ! ザマ見やがれ!」









 月塊の攻撃が右胸へと命中した事実。

 これは、ある意味では天運が天主に味方したと言えるかもしれない。それとも月塊の戦闘勘が冴えていたことを恨むべきなのか······

 彼が目をつけた箇所がたまたま右胸(そこ)であったことに天の配剤があったのだとすれば、それはいかにも出来すぎであった。



 みえた! 皇珠の収まっている所! それは──



 馬弦の幻視がついに答えへと至る。彼は思わず瞑目したまま立ち上がり、声に出さずに叫んでいた。




『右胸ッ!! 右胸だ!!』






 右胸? いや、それよりも············。


 奴にとってはまったく必勝の機会であったろう。間合いも充分。かなりの力を用いて放ったに相違あるまい。


 だのにこの程度? こんな攻撃(もの)を勝負手に狙っていたのか?


 舐められたものだ──と、そう単純に天主が思ってくれればどんなに良かっただろう。だが天主は昇仙し、自信の絶対と、敵へのある意味での評価のどちらかを天秤で偏らせるようなことはしなかった。


 チラ、と馬弦の様子へと目がいく。



 なんだ、手なんぞ併せおって。祈っている?



 その行為自体に、無力な人間がとる行動としての不自然はない。ただ祈る、それしか出来ないということ。あるいは、ああすることで月塊への応援となっているのか。



 天主には、馬弦と皇珠との絆の共鳴も聴きとれているわけではない。



 奴はこっちに来てからずっと、何かを探っていたな。余を止める手立てを期待してのことだと思っていた······。あの劉豹の寝所に潜り込んでいたときも。

 例の絹袋を手にしているのを見たときほヒヤリとさせられたが、アレは、皇珠はいまや、我が身の内にある。



 すこし考えればわかる話ではある。が、強敵に迫られるなかそれをなすのは容易なことではないだろう。

 それでも──それでも彼は、思考の飛躍だけでたどり着いてしまう。





「············皇珠······皇珠か?」



 ······成程。そうか、そういうことか··················



 天主には、もはや蔡琴箭にかんする記憶は名以外にない。その者が自分にとってどういう存在であるのか。なせに皇珠が自身を安定させる鍵となりうるのか。

 ただあるのは、皇珠が自分と下界を繋ぎ止める(よすが)であるという確信。なんとしてもこれを手放せないという執念だけである。



「くっくっくっ······」


 確かに。あるいはその存在を知っていれば、余を御せる唯一の可能性といえるな。なるほど? 貴様らがその心算(つもり)ならば······

 とくと見よ······! 汝らはけしてわずかな希望さえ得られぬのだということを。




 月塊はあがってきた呼吸を落ち着けながら、自身が狙うべき一点を睨みつける。


 よくやった馬弦! 右胸──あそこか!······みてやがれ、今度こそぶち抜いてやるぜ!


 力をとおして伝わる鼓動が幻視となって彼を誘う。

 それは勝利へと貫きとおす道となるか。あるいは、敗北へといたる罠か。



はい······はい······三千字つかってまったく進んでない?

はい! それはもう重々······え? 今年最後にこんな終わり方かよ? はいッ、まったくもってその通りでございますっ。

こんな小芝居書いてる暇があるならさっさと終わらせろ? はいっ、来年こそは必ずっ!


というわけで(?)、ひと言ごあいさつしたくてなんとかヒネリ出しました。



今年も一年、お疲れ様でございました。

また来年もお目にかかれれば幸いです。


どうぞ良いお年をお迎えくださいませ。ペコリ。

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