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【完結】月琴伝  作者: 雲野 蜻蛉
哀別双詩
372/403

天地双璧し、天仙大宝激突すること③

まとまりませんでした。


 ──皇珠。


 その珠を祝夫人(あのおんな)はそう呼んだ。


 何代にもわたり母から娘へと受け継がれ醸成されていったそれは、ついに皇帝へといき着き完成をみた。


 皇珠は獣仙たちが抱えていた鍵の宝珠とはまた違って、唯一無二のものだ。

 それは存在を育む珠。ひとつの命を糧に、ひとつの存在を生むことができた。そう、いま自分が劉豹という新たな肉体を得ているのもこの力によるものだ。

 この秘宝が蔡琴箭とともに我が匈奴にもたらされたことはまったくの果報。そして皇珠が、これを携えていた蔡琴箭にそこそこ馴染んだのもだ。

 まあ、本来の育み主ではない琴箭が発動させたがゆえに、身ふたつに魂魄ひとつ、という半端なことになってはしまったが。


 それでも俺は、この不手際すらも好機ととらえた。

 なぜといって、これほど都合のよいことがあろうか。この俺を失うことなく、俺自身の身体を大宝となすことが出来る! この去卑が一族稀代の、それどころか、万民の王とすらなれるのだ!

 俺は、このみっつもの幸運(ぐうぜん)を手にしたのだとさとった時、おのが天命に狂喜した。


 ──しかし、去卑の体では天仙大宝を目覚めさせることは叶わなかった。

 なにが合致しなかったのか。

 やはり二身一魂という不正な状態を、天は許さなかったのか。では認められるとして、それにはどんな条件が必要なのか。それは誰にもわからなかった。


 そんななか、ただひとり合致した者がいた。

 我が息子のひとり······嫡流でもなんでもない馬弦。くしくも琴箭と俺との間に生まれた子だった。


 ある時、これが獣にやられて死んだ。

 私はこれを抱いて天仙大宝のもとへと駆けた。

 するとなんと、天仙大宝がこれを受けいれ、覚醒したのだ。


 これも運命(さだめ)。ましてや一度は喪った命。いかなる形とても──いや、最高の姿へと我が血をひく者が生まれ変わったのだ。それを喜ぶことに何の躊躇いがあろう。

 

 だが。

 あの女は······蔡琴箭は俺を(さげす)んだ。怒りにまかせて己が身を皇珠のなかへと閉じ込め、代わりに在りし日の馬弦を······その写し身を生み出したのだ。




 天地の乱行はいよいよもって収拾がつかなくなりつつあった。大いなる力の奔流は二匹の怪物の大暴れで噴き出し口をえて、まるで湯水のごとく所構わず噴出し、これに巻き込まれた匈奴側の兵らがことごとく溶け、天主の腕へと呑まれてゆく。

 そんな阿鼻叫喚な場で、数奇な運命(さだめ)をおったふたりは睨みあっている。



「お前はたんなる駒。兵たちの記憶を保ち、疑いを逸らせるためには役にたった。

 ······だが許されるのはそこまでだ! 過ぎ去るべき過去の虚像(キズ)がいつまでも我が目の前をうろつくのは我慢ならん! ましてや我らの大望を邪魔しようなどと!!」



 馬弦は呆然として劉豹の言葉をきいた。耳はしかと働いていたが、頭の中がとても追いついていかない。

 なにを言ってるんだ。父上はおかしくなってしまったのか。

 そう思う自分のいる一方で、封を解かれた記憶は、どれほど拒絶しても濁流のように押し寄せてくる。

 ボクハ、スデニイチドシンデイル、と。

 ソシテ、ホンモノノボクコソガ、イマアソコニイル天主ソノモノナノダ······と。


 では······いま感じているこの鼓動は? これはいったい誰のものだというんだ?!

 僕のものではない。では天主のものか? それとも············!




「ドゥアァッッ?!」




 爆発音とともに月塊が吹き飛ばされ、地へと突き刺さる。


「!」


 慌てて意識をひっぱり戻し見上げると、天主はさらに凶々しくその身を変えている。なんと大地からの腕のうち二本をおのが身体へととりこみ、巨大な透ける蒼い腕として月塊を殴り飛ばし、めったやたらと打ちつけている。

 一撃ごとに大地が割れ、被害が甚大化してゆく。すべてが地の底へと落ちていかないのは、月塊が同種の気流でこれを防いでいるからに他ならない。天主は月塊を討ち倒すことにしか興味がなく、自身が繁栄に導くべき大地への被害など構ってすらいないようだ。


(あれが天の秘宝? アレが本当にその姿だというのか? あれが僕······本当の僕だって? バカな!!)


 馬弦は彼なりにぐちゃぐちゃになった意識を無理矢理にまとめる。

 しっかりしなくちゃいけない。僕が気を乱しちゃ、闘ってくれている月塊にまた不利を押しつけることになるかもしれない······! 落ち着け、いまは僕にしかできないことだけ考えろ······!



「······母上を······琴箭様をどこに隠されたのですかっ」


「······知ってなんとする。いまからお前は消えるのだぞ············」



 稲光にギラつく剣が、馬弦の首元に狙いをつけて振り上げられる。

 饗される力の奔流がいっときに弱まったことから窮地をしった月塊が地上の異変を認める。が、大敵の息つく暇なく繰りだされる攻撃に苛まれる瞬間(いま)、それはあまりに刹那の時、あまりに遠い距離。



「!? 馬弦ッッ!!」



 躊躇なく振るわれた剣がおろされ、小さな頭が落ちる──!

 そう思われたのだが──


 音をたてたのは、劉豹のもつ剣の方。その凶刃をおしとどめるものは、宝珠の玉帯からたちのぼる蒼い気流だった。



「······やはりな」



 劉豹は苦々しげにいって素直に剣をひく。


「大いなる力がお前を護っている──ということは、アレはやはり天仙大宝······。

 ··················この世にふたつとはない物が、なぜもう一対あるのだ。えぇ?! 祝よッッ!!」



 !?



 劉豹が天を仰いで呼びかけた名に、月塊も馬弦も驚いて曇天にその姿をもとめる。



「······嫦娥ッッッ!!!」



 祝夫人こと月の天仙・嫦娥!

 いつからそうしていたのか、羽衣で優雅に宙空へとどまりながら、この大混乱を眺めているではないか!



 常とはちがい、本来の赤の衣に銀髪をなびかせた艶やかな嫦娥は、見上げてくる劉豹へ冷然と瞳をむける。


「さぁ? 何故こうなったのかしら······まあ在るのだから在る······そういうことなのでしょうね」



 ペッ、と劉豹は唾をはいた。


「主がただの女ではないことには気付いていた。どこかこの世のものではなかろう気配にな。──我らを騙したのかッ」


「······さすれば貴方は天下をとられましょう、だったかしら? いつかの言に偽りはないわ。

 ただ、どんな大業にも障害はつきものでしょう? お気張りなさいな」


「云われるまでもないわ!」


 劉豹は表情を険しくして応えると、今度は天主にむかって声を張り上げた。



「天主よッ、まずこの馬弦を成敗するのです!」



「!?」


「何だって?! あのヤロ······ッ!」



「この者は不遜にも貴方様の源を盗んでいる! まずこの者を成敗すれば! そこな(まが)い物の力を枯れさせ! 始末することは容易ッ!! まずは先にこの盗人をッ!!!」



「「············」」



 天主は月塊と打ち合いながら、四つある顔のうちのひとつで、叫んでいる劉豹と馬弦をとらえた。が、



「「御免だ。そこな小僧を(ほふ)ったとてそれが何になろう。まず余がこの旧式に苦戦しているという見立てこそ不遜!

 余は愉しんでいるのよ! 我が一世一代にして最後の偉業! それを阻まんと全力で向かってくる者! これを討ち倒さず目的を遂げたとて、それになんの甲斐があろうというのだ!!」」



「何、だと······?」



 意外な応答に劉豹は啞然として天主をみつめた。

 愉悦を感じているとでも言うのか。天の遣いたる天仙大宝が? この期に及んで! 我らの大事を成さんとするこの瞬間に!? 

 ギリリと歯ぎしりが漏れる。

「······道具の分際で生き甲斐だとッ!? 愚かなッ!! 奴にすべてを預けたのは時期尚早であった············ッ」



 わずかに。

 わずかに天主の眼が細まったのを月塊は感じとった。それはほんの些細な違和感。これまでこちらへと全力で向けられていた注意がわずかに薄まった気配だ。



「「アハハハハッッッッ!!!」」



 だが余所見をしている余裕などない。相変わらず十本の腕による猛攻は続いているし、隙を突こうと落ちてくる雷撃や大風もうっとおしい。

 月塊が些細な気取りをうち捨てた瞬間、死角である左方から袈裟上がりに、蒼い巨腕がしなる鞭のように唸りをあげた。


「こんなモンでッッ!!」


 右腕で切り払うまでもない。本能化した左がいとも容易くこれを薙ぐ。と、気流の透ける腕はまったくの拍子抜けに抵抗なく千切られる。


「なっ??」


 もはや異変ともいえる手応えの薄さに、逆に月塊のほうが狼狽えた。蒼い液の塊となってそれが落下していく。その下には────



「うおおッッッ?!!」



劉豹と、そして馬弦の姿。


 ──野郎ッッ!!!




『······ヌゥゥゥゥアアアーーーーーッッッ!!!』




 絶対にやらせん!

 その意思が月塊の身にも変化を生じさせる。

 月塊の全身を包んでいた白の鋼殻が分解し、自律的に動かせない部位──大宝の本能に支配された左腕など──を除いて右腕の剣へとその密度を一気に高めてゆく。


 天仙大宝・月塊の鋼殻具足は攻防一体。

 その間の護りを質に自在に分裂させて動かし、任意の箇所に集中することでその硬度を増す。

 剣はまたたく間に盾へと変じ彼の全身を覆い隠す。天主が目を見張って全力での殴打をみせた。

 一撃、二撃と耐えた盾。がしかし、その硬度に激昂した天主の口から放たれた光の矢には耐えきれず、バラバラに散じる。



「ウッラァアッッ!」



 だがこれは狙いどおり。月塊は砕け散った鋼殻の大盤をつかむと追撃してくる天主の攻撃を仰け反って躱し、同時に地上へとそれをなげつける。



 触れれば即溶解、そんなおぞましい液体の塊が頭上を覆いつくす!

 そう思われた刹那、目にも映らぬ疾さで飛んできた何かによって大地がひき裂かれた。猛烈に土砂が舞い、地下にねむっていた岩が跳ねだす。ドカドカッ、と馬弦と、あわてて逃げた匈奴兵の間を割るようにそれは堕ちて、液体を弾くとともに両者を切り離してしまった。

 これをなした鋼殻の大盤は綺麗に弧を描いて月塊のもとへと還り、ほかの欠片とおなじく元の具足のなかへ収まる。



「「······ふ。面に似合わぬ真似を」」


(やかま)しいッ!!」





 おもわずむせぶ。なんという力技! だが助かった······

 つむっていた(まぶた)をうすく開けてみると、いまだ土砂と土埃がふる場に残ったのは、自分と劉豹のふたりのみのようだ。



「!······父上っ?」



 先程の攻撃か、その余波でやられたのか、劉豹は足を押さえてうずくまっている。そして地面には、彼の手から投げだされた剣──

 両者同時にハタと気づいて手を伸ばすが、一瞬近かった馬弦のほうがはやく、それを拾いあげた。劉豹は一瞬唖然としたが、開き直ったように吐き捨てると、忌々しい巨岩に首を預け座りこんだ。


 馬弦は唾をのみ、彼の正面にたってふたたび同じ問いをくり返した。



「父上。母上は······琴箭様はどこに閉じ込められているのか、教えてください」



 劉豹はこちらを見上げると、クックックッ、と噛み殺したような嗤いをもらす。

「······まったくよく、出来ている。お前は物心ついた頃より軟弱であった······」


なにを思ってか、ゴソゴソと懐を探る。と、あるものを取り出してみせた。


「それは······」

 あの小袋ではないか。若草色をした絹地の。あのときは天主が邪魔をして中身を確かめられなかっ、た············


 馬弦の眼がおおきく見開かれる。


「······フ、そうだ。お前がなにか嗅ぎ回っているのは勘づいていた。我が寝所に忍び入ったのもな。

 そう──あの時までは、確かにこの中にあったのだ。だが今は」

小袋の閉じ口をあけ、逆さにして振ってみせる。


「この通りだ··················」



 ──ああなんてことだ! なんてッ!

 そう、あの時だ! あの時! もし! 天主が割り込んでさえこなかったならっ!!



「··········ではっ、どこへっ··················?」



 最悪の発想におののきながら、馬弦は息を詰まらせる。その彼に、劉豹はじつに呆気なく無情な宣告をつきつけるのであった。



「儀式の済んだいま、あ奴の収まるところはひとつよ。

 当然だろう。皇珠はふたつとなき力。

 安定させ、操る要石。万が一にでも奪われるわけにもいかぬわ」



 そういって伸ばした指の先がしめす先にあるもの、それは──暴れ回る二匹の怪物。



 どちらのか。

 その問いは口にだすまでもない。



次回更新も翌土曜日となると思います。


なんでだろう? 書けば書くほど、文章がわるい意味で若返っていく気がする······

このままでは小一夏休み時の傑作にまで行きついてしまいそうでこわい······

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