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【完結】月琴伝  作者: 雲野 蜻蛉
哀別双詩
364/403

劉豹、遼西烏桓を掌中にし、馬弦、天主に胸騒ぎを覚えること①



 劉豹に率いられた匈奴軍は、その配下を着々と増やしつつ、東へと進軍していた。準備を終えた天主が合流したことで、その勢いはいよいよもって強く、向かう先、鮮卑人のほうからパタパタと投降してくるほどである。その総数はいまや万に及ばんとしている。


 草原を悠々と進む大群をながめ、劉豹は感極めるのであった。

「······みよ、この光景を。これこそ古の、そして匈奴のあるべき姿だ······!」





 見つからない······! どこにもそれらしい箇所が見つからない! 移動中さえ目を光らせていたというのに············


 いっぽうの馬弦は焦りを深めていた。

 はじめは人ひとり拘束しておけるだけの場を見つけることなど簡単だと(タカ)をくくっていた。

 だがさにあらず、これが存外な難事だったのだ。


 蔡琴箭が生きているのなら、食事だの何だのと、かならず世話が必要になるはずだ。だがそのために、侍女や兵士が動いているような気配は一切ない。本人も協力的で、人目をはばかってコッソリ済ませているのでもない限りは。

 のこる可能性は、無事だが動き回ることはできない。そしてなにか不可思議な力で強制的に眠らされている──つまり自意識を奪われた状態にある場合だ。

 だとすればやはり閉じ込めておく場所が必須、という処へもどる。常に移動することを前提として、容れ物······そう、たとえば棺のような物が必要となるはずだろう。

 だがそれが見つからない。兵糧置き場や(うまや)場なども入念に探してみたが、それらしいものはひとつもなかった。


「······まさか、本当にいない? いや、そんなはずない······」


 天仙が、琴箭は北伐に同道させられたといい、月塊はそれを信じた。自分はその天仙には会ったことすらないが、月塊のことは知っている。マヌラ仙や、鉄馬仙、雪華仙のことも。

 彼らはたしかに実在する。なら、その月塊が信じた言葉なら、自分も信じる。


「だから蔡琴箭は間違いなくこの陣のどこかにいる············」


 もっとも、蔡琴箭という存在が、いまの劉豹にとってそこまで重大な価値を占めるのか、という疑問はのこるのだ。だがこれにも、馬弦は「ある」となかば確信していた。

 劉豹にとって、蔡琴箭はいまだ価値があるはずだと。



 あと手つかずなのは、もっとも可能性の高いところ。そして、最も危険なところ。

 つまり、劉豹のより深い身辺──寝所である。

 いかに一族の長たる左賢王の居所とて、軍中のこと。他と大差があるとまではいえない。だがもちろんのこと、それは陣中の最奥、中心に据えられ、幾重にも警護の親兵とその穹盧(きゅうろ)によって護られている。常の見張りはついていずとも、監視の層はけして薄くはない。

 そしてそこには、いかに実子といえども安易に踏み込むことはできない。平時であったとしてもだ。


 やるなら相応の覚悟と機会がいる······

 じりじりとそれを待つ日が続くのであった。





 幽州、柳城。

 現在ここには、曹操に()州を追われた袁尚・袁煕()兄弟が、烏桓の兵ら数万とともに駐屯している。


 (ひる)下がり。

 袁氏よりの報せをうけた烏桓単于・楼班(ろうはん)と王・蹋頓(とうとん)はつれだって城の門をくぐった。

 蹋頓は幽州に割拠する烏桓の一派、遼西烏桓の大人(たいじん)である。武勇に優れ、配下もよく従った。そのため、先の単于、丘力居が没した跡をしばらく預かり、一族を率いたこともある。彼のもと、上谷・遼東属国・右北平など分派していた烏桓はひとつにまとまった。

 そんな彼から成人をまって、頭の座を受け継いだのが先をあるく丘力居の息子、楼班である。



 ふたりが何事かと出向くと、袁尚はじつに妙な様子で二将を迎えた。


「何事でござる」

「いや······」と、袁尚は口を開きかけたが、いったん言い淀んでからやっと言葉にする。


「じつは匈奴から遣いがあった。我らと手を組みたい、と」

「······匈奴?」


ふたりも互いに顔を見合わせる。


「なにを······今さら匈奴など。いまや奴らは完全に曹操の(イヌ)。げんに高(幹)殿が決起を呼びかけた際も返事すらよこさなかったではないですか」


蹋頓の言に楼班もうなずく。


「それが······秘密裏に北方を大回りして鮮卑を従え、貴君らの同胞の領域まで迫っていると」

「何ですと?」


 蹋頓は不快な冗談をきいたように顔をしかめる。

 実際、戯けた冗談としかいいようがない。昔ならいざ知らず、現在の匈奴にそんな真似が出来るはずがなろう。我らが同胞の領域云々はおろか、鮮卑がむざむざ奴らに屈するなど考えられない。


 その時はまったくとりあわなかったが、日が沈んだ頃になって本営に駆け込んできた遣いがその言を裏打ちしたことで、蹋頓はにわかに色めき立った。

「なんと──真に匈奴が往年の勢いをとり戻したというのか?」




 翌日。

 ふたたび出向いた二将は、袁尚らとともに匈奴の使者をなのる男と面会した。


「······では、左賢王殿は、我ら幽州烏桓の合議参加を望んでおられるというのだな」

 は、と使者はこたえる。


「······しかし、にわかには信じられぬな。わずかの間に鮮卑が軍門に降るとは」

「我らが天の命を受けているからです」

楼班がこぼすと、使者はいった。


「天地の神に誓って嘘は申しておりませぬ。単于ご自身の眼でお確かめ頂いても、けして無駄足にはならぬと存じます。

 見たうえで判断してもらってよいと我が王も申しております」


「······フム。それが真なら、我らは背後に数万の友軍をえることになる。たしかに曹操憎し、漢憎しは皆の共通とするところ。出向くなら早いほうがいい」

 楼班の決定に、蹋頓もうなずいて了承した。


 かくして烏桓は匈奴との会見の場へとおもむく。そこに待っているのが「同盟」ではなく、「服従」であることも知らずに。



 この報を、夕餉の場で若い兵士からきいた馬弦はひそかに気を(たかぶ)らせた。


(きた! 好機だ!)



 今後を左右する重大な会見。普段はもう陣頭にたつことすらない劉豹とても、みずから赴かざるを得まい。そして、もしも(こじ)れた場合、決定打を浴びせるために天主も同席するはずだ。

 つまり、劉豹の居所がカラになるばかりか、陣内で唯一彼の叛心をしり、動きを察知して阻んでくるかもしれない存在も留守をする······

 これぞまさに正真正銘、最後の大好機であろう。



ごめんなさい。

現在、脳みそがポンコツになっております。

サブタイは(仮)で、のちのち変わる可能性があります。


※サブタイを変更いたしました。


次回更新は、翌土曜日を予定しています。


蹋頓らの情報を微量追加しました。


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