張済、厳命し、賈 詡、赤霄をはなつこと
晩餐の席に赤霄がはいってきたとき、さすがに主人の手前、張繡はこれをとがめた。伝書をうけた賈 詡も恐縮たるおもいではあったろう。
主殿は、座のまわりや無骨な壁のきわなどに幾重もの灯火がならび、夜の暗きも酒席の興とよばかり。不意のゆらぎさえも侍立する美女らの美しさを妖しげににおわせていた。列席の三者のうしろにもふたりほどの侍女がつねにひかえ、あれやこれと世話をやいている。
「は······無礼の段はひらに。しかし東遷にまつまることでござりますれば············」
「よい」
とは、奥座中央に座した張済の声である。
いまや驃騎将軍にして平陽侯、弘農太守たる彼は、いってみれば時の人の一角といってよい。だが彼の装いはとりたてて華美ということもなく、漢朝の名士たる風をくずすことを嫌う様がみてとれた。おなじく李傕らが皇帝にならぶほどの豪奢をこのんでいるのにくらべたら質実ごのみ、言葉をえらばずいえば地味なままである。
見目は荒事などとは無縁にみえなくもない。が、彼にしてもかつて牛輔(董卓の娘婿)の命で、かの朱儁将軍を破ったさい、陳留・潁川の各地で掠奪、殺戮、誘拐など非道をつくした、まぎれもない冷酷無比な武人の顔をもっているのだ。
箸をおろし、甥と臣下のあいだをとり持つかのように言葉をそえた。
「任務が第一であろう。構わないでやれ」
は、と張繡は了承を、賈 詡主従は感謝の礼をとる。
「して、その書状はなんといって参ったのだ?」
「これは楊整修からのものでございます。彼が朝臣にもぐってみたところ、どうやら董承らは、いくつか隠し家をあつらえているようにございます。主公がさきんじて左馮翊河岸各郡に手を回したことで、渡河までのうけ容れ先をうしない、焦っておるようです」
「なるほど。では次は、その隠し家とやらを潰しにかかるということだな」
左様で、と賈 詡は首肯する。それまで黙ってきいていた張済が静かにつげた。
「よいか。陛下におかれては、いっさいご負担をおかけ遊ばすことのなきよう、とり計らわれねばならぬ」
「は」と三者はそろって声をあげ、頭をさげた。
出様、賈 詡の小声の指示にしたがって、赤霄は主殿をのいてもそのまま帰ることなく、しばらく待った。ややあって賈 詡はでてくると、彼が礼をとるまで待ってからいう。
「さきも師勇(張繡)殿がおっしゃったとおり、お主はまず楊整修と連係し、これらの」
と、書状をとりだして松明の灯にかざしてみせる。
「朝臣どもが用意した隠し家を潰してまわるのだ。
とみに河東方面は念入りにせよ。あすこらは白波の賊などもいるにくわえ、最近は南匈奴の連中が侵犯しているとの報せもある。万一にも陛下に危害をくわえられるようなことがあってはすべてが逆手になりかねぬ。整修に依頼し、李傕へ討伐の軍をだすようすすめさせるのだ」
赤霄はいちいち了承の礼をとってからふと沈黙し、めずらしく懇願した。
「愚見を申しあげても?」
「なんだ」
「もしよいのであれば、それがすみ次第、私も整修に合流したいのです。彼はその············周到ではござるが、本質的にこういった用向きにはむいていないようなので······」
「······そうだな。それがよかろう。こちらは人手は間にあっているし、たしかにお主を余らせておくには惜しい。しかと舵をとり、整修を補佐せよ」
「はっ!」
赤霄は勇躍して感謝し、主従はそれぞれ石段の上下に別れたのだった。
ごめんなさい、すっかり忘れておりました。
張繡の字にかんして。
調べましたが〈不詳〉となっておりましたので、こちらで勝手に「師勇」としております。
あるいはニックネームみたいなもので部下のあいだに浸透しているとか、そんな感じです。




