月塊と琴箭、天獣にまみえること ②
春の朧月のやさしい光を浴びて、夜闇に浮かび上がるその姿に、琴箭はうっとりと見とれた。
額には二本の反り返った角。ながいたてがみをやさしく風に遊ばせ、その面は精悍な青年の顔をして、いまだまとった衣に隠れるのも、おなじく逞しい男の上半身だ。ただし、肩からその先がない。失ったというよりは、最初からないようにみえた。
下半分は完全に四本脚の馬ににた姿。その背の辺りだとか、長い尾のさきに雲や風をおもわせるふさとした毛が生えている。
「麒麟······え! ほんとに麒麟? あの、麒麟? 伝説にある、あの?」
「うるせぇ、そう言ったろ! ただしくは麒だ! 野郎だしな!」
その存在は、聖君が世を治めるとき、ことほいで現れると伝説にある。
でも···じゃあなぜその麒麟が、こんなことを。人間の命を奪うような真似を。
「···たいした謎ではない、娘よ」
こちらの思いを読んだように、麒麟が先ほどまでの女声ではなく、若々しい男の声でいった。
「私はお前たちの世に名を遺す麒ではないからだ。それは一族のなかの、尊い役目をおったほんのひと握り。お主が人ながら将軍や県令ではないように、我もそうではないというだけのこと」
その瞳が琴箭をとらえる。
なぜだろうか。さっきまでの恐怖を感じない。むしろその瞳にはどこか、憂いのようなものがみえるような。
「そして、我が身にもかえるだけの悲願があるということだ」
「たとえ麒麟だろうが鳳凰だろうが、関係あるか」
月塊は鼻をならす。
「狩るといったら狩る。この俺がな!」
いうが早いか、疾風のごとく突きかかる。その様子に、琴箭の胸に奇妙な不安がよぎった。
月のやつ。ずっと相手を狩る、狩るっていってるけど、それってまさか、殺す、ってことじゃないよね···
琴箭の胸中をひやりと不安がよぎった。あの様子では手かげんする気があるかも怪しい。
「けど、それじゃアンタ······」
そうこうするうちにも、ふたりの打ち合いはさらに熱を帯びていく。
月塊が戟を振り回すたび、麒はそれをことごこくかわすが、突如速度をあげた間髪いれずの突きは鋭く、たまらず蹄でガキッと受けとめた。
その脚先が、ぼんやりと怪しげな光をまとう。
「!」
──あの印は!
「終わりだぜッ!」
戟を手放した月塊は、決めの右拳を叩きこむ。
麒の蹄にともる妖光がその一撃に反応するように激しく輝き、爆ぜた。




