【序ノ二】天子、石胎箴緯に悔悟すること
うら寂しい離宮にやすむ鳥の声は、それゆえに哀しげにひびくのか。
とり残されたようにある古びた宮は閑散として、その奥内にいたっては、春の日中というに暗く、ひっそりとしている。
そのわずかに灯された燭台の明かりをたよりに、寝床に伏したひとりの若者が巻物を開いている。そえられた手はしろく雅で、身をおおう絹の長掛けにも負けてはいない。
だが、その若者は病んでいるようだった。顔色は青白く、おち窪んだ目の下には隈も浮かんで、まだ幼さの陰ものこるだけに、なお一層それが痛ましい。
身辺にひかえた内官が気遣わしげに声をかける。
「······陛下、まだ休まれませんと」
若者はほそい声で応える。
「ああ、すまない穆順。だが、どうにも悔やまれて」
「石胎箴緯、ですか。しかしそのような予言のもの······あまりお信じなさいますな」
「しかし、ここに書かれていることは、いま読み返してみても当たっているではないか。なぜもっと留意しなかったのか······」
穆順とよばれた内官は言葉なく、まわりの者とそろって、無念そうにうなだれた。
若者の開いた帛書の一行には、こう記されている。
孤狼、禁門をやぶらんとす。
けして容れるなかれ。天道、西に傾く。
のち、佞臣ほしいままにし、天道、光輝に身を灼かん。
興平二(一九五)年、三月。長安。
黄巾の乱が終息して十年あまり。時代はいよいよ、大きく動き出そうとしていた。
洛陽では、中央政府の権力闘争の間をぬって董卓が台頭。これに対抗せんがため、袁紹ら有力者は連合を結成し、董卓軍と数度にわたる決戦をおこなう。
だが董卓を討ちとることなく連合軍は足並みをみだし解散してしまう。また長安への遷都を強行した董卓も、配下の呂布に裏切られ奥宮の露と消えた。
漢の天子と朝廷は、董卓の配下であった李傕・郭汜らに牛耳られ、飢えた民は救われることもなく、その長安は今まさに、魔都と化そうとしていた。
この李傕・郭汜治下の長安。
諸先輩がたがすでに書いておられるので、舞台とするか正直迷いました。しかし、
・三国志において、いわゆる中心ではない
・そのわりに人気史実武将がでてくる
・当時としての善悪がわかりやすい
・やはり後漢の中心としてまだ皇帝は重要人物
・琴箭がからむ大義名分(かなり強引)がある
などの魅力からふみきりました。
なによりここいらの混乱ぶり、わちゃわちゃぶりが、いかにも妖がまぎれこむのにうってつけなのでは? と思いました。
帛書──絹布などに書かれた書、だそうです。
人物名を修正しました。




