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【完結】月琴伝  作者: 雲野 蜻蛉
殷秋史
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妖、月寇にあうこと


 信じられないことが起こっていた。

 無惨にも妖の術中におちた琴箭が、ただの人間であるはずの少女が、その囲いを自力で破らんとしている。


 ──ありえぬ。こんなことは絶対に···。だとしたら、なにか理由が······


 妖の視線は、自然と机上の木簡へととまる。

「···まさか、御主」



「っはぁッ!」

 琴箭は詰まっていた息をいっぺんに吐き出した。そのままゲホゲホ涙目でむせかえる。


 なに? いったいなにが······


 ぼうっとした視界をさまよわせる。その焦点があうと同時、恐ろしい形相でこちらをみつめる妖の姿が、眼のなかで像をむすんだ。たちどころに一瞬前の恐怖が甦った。


「ヒッ!」


「······なんということだ。我が術が完全に破られてしまうとは」


 呆気にとられたのは妖のほうだった。たとえ理屈があったにせよ、まさかこんな事態をひきおこすとは。

 そう。そうだ。すべての元凶は。あり得ない邪魔をしてきた、この場にあっていいはずのない、あの物体のせい!


「──ええいッ!」

 妖はいまだ足下に居座る岩っころを、腹立ち紛れに蹴り飛ばす。


 その勢いは凄まじかった。重く硬いはずの小岩が事もなく宙を舞い、ぶちあたった扉とついでに壁をも吹き飛ばし、殿を半壊させた。

「きゃあッ!」


 バラバラと音を立てて降る木屑から頭をかばい、琴箭はちぢこまった。その鼻先を、サッと、なにか明るいものがよぎった。


 月が昇っている。


 春の雲霞のかかった天空に、ほぼ満ちようかという月の光が、風通しのよくなった建物の床へ淡い影を落としている。

 その月にちょうどかさなるように舞い上がった小岩が、その光をうけて黒く(かげ)った。


 ──錯覚だろうか。その影が一瞬、不自然な軌道をえがき、まるで空中で静止したようにみえた。

 いや、錯覚などではない、違う。

 その影は、まるで体勢をいれかえようとでもするかのように、キリキリと回転し、いつ変化したのかもとらえられぬうちに、頭も手も足もある、人の形へと変わっているではないか。

 よく見えもしないのに、その口元がニヤリと笑ったのがわかった。


「感謝するぜ! 蹴り飛ばしてくれてよ!」

「月塊ッ?」


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