琴箭、絶体絶命におちいること②
ゆっくりと。
いまの今まで琴箭だったものは、毛先の一本まで完全な玉となって静まった。
その懐からするりと抜け出た青白い人魂は、まるでよく懐いた仔犬のように奥方の手元にするりとおさまった。
「ホホホ、これはよい! 万人にひとりとはいかぬが、かなりの良物よ。まったく申し分もないわ!」
妖はもはやその本性を隠そうともせず、高らかに両腕をふりあげ、笑い声をたてる。
「感謝するぞ、娘よ! これで我が悲願も成就する!」
ひとしきり喜びにひたると、妖はフッと息をついて落ち着きをとり戻した。
その視線が机の上にむく。
「さて。やっと···やっとだ」
ガッ!
踏みだそうとしたその瞬間。
爪先をなにか硬いものがうち、妖はおもわず足をとられそうになった。
「なんだ?」
いつの間にか、みずからの足の間に、おおきな石が転がりこんでいた。
「これは? 不良品のなれはてではないか。なぜこんなものが···」
こんな邪魔物、みんなまとめて軒下に放っておいたはず。まさか娘が見つけ、わざわざひとつだけ持ってあがっていたとでもいうのか?
「···馬鹿な」
妖はかぶりをふった。足先でその石くれをゴロンと転がしてどける。いまさらこんなものはどうでもよい。
ガッ!
「なぁッ?」
さらに踏みだそうとした二の足を、まったく同じ感触が襲った。
またもやさっきの石。たしかにいま、足蹴にしてのかしたはず。そんな逡巡をあざ嗤うかのように、石がゆらりとひとりでに揺れた。
「こいつ!」
ゴロリ、という音が、あらぬ方向から聞こえた。
妖がギヨッとしてみると、なんと地べたに捨て置いたはずの石が、まるで生物のように次々と段をのぼり、殿のなかに入ってくるではないか。気がつくと、まったく抜け出る隙間もないほど石の群れに囲まれてしまっていた。
「!!」
まるで合図をうけたかのように。
猛り狂った石どもが妖を襲った。一斉に妖の全身に突進し、その重さで潰さんとばかり、あっという間に妖を押し込める。
「!!!」
······ガラリ。
出遅れた石がひとつ、石塚となったその群れからはがれて落ちる。にゅっとつき出されたその右腕から、ふわりと人魂が離れた。
だが、
「こざかしいわ!」
怒号一声、妖が剛力を発すると、まるで蜜蜂の群れのように全身にまとわりついていた岩は、あっけなく弾き飛ばされて散った。
油断した。おもわず手のなかにあった人魂を手放してしまった。
案の定、人魂は妖の手から離れると、元の肉体に戻らんとするかのように、玉の塊へふよふよと近づいていく。
「無駄だ。汝の肉体はすでに失われた。いまさらそこには戻れはせぬ」
妖の言葉どおり、人魂は入り口を見つけられぬことに焦れるように、その尾をふるわせて右往左往し、ついにはその周りをぐるぐるまわり始めた。
「だから無駄だ。汝の肉体はすでに···」
──スウッ──
その言葉が終わるかどうかのところで、人魂は何事もなかったかのように、玉塊のなかへ溶けいるようにして消えた。
「!!!?」
愕然とした。
「なにを! ありえぬ!」
そんなはずはない。すでに我が術中におちたあの魂に、そんな奇蹟なぞおこるわけがない。
だがその叫びをまったく意に介すことなく、物と化したはずのその塊は、みるみるうちに軟化し、温かみを、色彩を取り戻していく。
改稿してみました。
ちょびっと長くなってしまいました。ごめんなさい。
読みやすくなればと、間を修正しました。
内容は変わっておりません。




