琴箭、絶体絶命におちいること
目が覚めた。
意識をうしなう直前の記憶どおり、辺りはまっくらだった。だが、燭台の上の灯火は、まだ赤々と周囲を照らしている。
目尻のあたりかむずむずした。ぬぐってみると、うっすら涙が指ににじんだ。
体をおこし、机のうえをみると、
「···終わってる」
いつの間に? 不覚にも眠り込んでしまったのではなかったのか。
でも、文字はたしかに自分の筆跡だし、寝ぼけて書いたにしてはミミズがのたくってもいない。見るかぎり、内容も間違ってはいないようだった。琴箭はほっと息をついだ。
思いのほか刻はかかってしまったけれど、なんとかやりおおせた。
···よし、いそいで奥方様に。
立とうとした。したのだが···
「足が、動かない······」
いや、足が、というよりも腰から下が。そして動かないというよりも。
「感じない······!」
唐突に、腰から先がまったくなくなったかのように、血の気も自らの意も通らなくなってしまった。
「そんな······なんでッ!」
机に必死で両腕をつっぱる。と、膝のあたりでまったく耳慣れぬ、ズリッ、という音がした。
────!
ゾッとしてひきつった。
なんと腰から下が、自分の体が、得体のしれぬ緑白色の塊に呑まれていっているではないか!
ふってわいた未知の状況に、琴箭は狼狽し、ばしばしと固まった太股をうつが、その手応えはもはや、よくしっているような柔らかくも、あたたかくもない、冷徹なまでにすべすべとした味気ないものでしかなかった。
「たっ、助けて! 誰か!」
「···怯えずともよい」
すぐ耳元で奥方様の声がした。
「おっ、奥方様っ?」
だが、すがるように顔を向けた琴箭の瞳のまえにあったのは、おおきく見開かれた双眸に耳元までひろがった口をした、とても人とはおもえぬ形相の女の顔。
「ヒッ!」
奥方の口から、ゆっくりと翠の煌めきのまじる吐息が、琴箭にむかって放たれた。
──そなたの魂は、永劫に活きつづけるのだから······
それが琴箭が最後にきいた、奥方様の言葉だった。




