蔡のお嬢、妖を捕らえんとす
なんとなく中華風な、三國時代なんちゃってこぼれ話っぽいものです。
ので、どうぞご容赦を。
──それは昔々。いつかほんとうにあったような時代、あったような場所。
世界を意味する「天下」が、その、広大ながらも、すべて大陸の一角にすぎなかった頃。
後の時代に、三國、と称される時代の、ほんの前夜のはなし。
蔡琴箭は潜めていた身をそっとおこした。もう大丈夫、見咎められることはないだろう。
時刻はとうに真夜中にちかい。墨を流したように真っ暗な空にはやや満ちかけた月が煌々と輝き、ときおり思い出したように草木が風に揺られ、とおく音をたてる。
琴箭、齢とって十。
麗しい黒髪を左右にわけ、両端でお団子に結わえている。
額はきりそろえた前髪にかくれ、そのしたには、優美な眉、好奇心のつよそうな瞳が輝き、あたたかな頬はほんのりと赤くいろづいている。
ちいさな身体を幾重にか着物でつつみ、上着の腰元は、お気に入りの帯で結わえてある。下もふっくらとした褲であたたかくし、足元にはすこしだけきつくなってきた靴。どれもくたびれてはきたが、大切に手入れをしてきたものだ。
まるで警告するように、また風がざあっと木々をふるわせる。おもわず身震いして、着物の衿をあわせた。
早春、南方の呉にほどちかいとはいえ、ましてやこんな時分だ。さすがに寒い。
そっと立ち上がって、遠くに揺れる松明の火をみやる。あまり動いていないところからみると、まださしたる動きはないらしい。
琴箭はこっそりと抜けてきた橋をふり返った。こちらもとくに異常はなさそうだ。
「絶対みてやるんだから、妖が罠にかかるとこ」
だってその罠──いや、策を考えたの、私だもん。なのに仲間はずれなんて、納得いかない!
いわく、「人を石にかえる妖がでた」
そんな噂が近隣の里々からつたわってきたのは、ここ半年のことだった。
その妖にみこまれたものは、みな、身体が硬直し、石へと変じるという。すべては夜、人々が寝静まったころに静かにおこり、終わるのだと。
はじめはかなり遠くのほうからの被害が、なんとなく噂づたいにきこえてきた程度だった。
だが、ついに三月前、隣の里から被害者がでたという報せがきた。あわてた里長たちは、至急、対策をたてることを余儀なくされた。
幸いにも、この里にはよそにない強みがあった。たまたま村に、はるか都から難を逃れてきた偉い学者先生がいたのだ。
名を蔡伯昭。
皇帝にもお仕えしたことがあるという、それはもう、たいへんな名士だ。
村人はこぞって、外れにある庵へと参じたのだった。ところが、
「父上ですか? なんでも珍しい書がみつかったとかで、留守にしておりますが」
戸口で迎えた琴箭がそう応じると、みな、天をあおいだ。
「なんたることだ。よりによってこんな時に······」
みな、先生が一度旅にでるとそうは帰ってこぬことを知っていた。
いったいどうすればよいのか。即席の話し合いがその場でもたれたが、ああだこうだ言うばかりで、いっこうに埒があかない。
頭をかかえて押し黙る一同に、みかねた琴箭は声をかけた。
「あの、父の代わり──というとおこがましいですが、私がやってみても良いですか?」
読んで下さいまして、ありがとうございました。
細々とやっていきます。
ごめんなさい。計算が間違ってました。琴箭の歳を十歳に変更させてください、
表記を修正。「褲」はズボンのことです。




