琴箭、知らず虎穴に入ること②
一度きて慣れたものか、郷についたのはまだ午前だった。
ここまでくれば、わざわざ手をわずらわせるまでもない。おじさんとは牆門付近でわかれ、琴箭はひとり、役所へとてくてく歩いた。
北のほうではなにやら窮々としている情勢がつたわってくるが、まだこの辺りでは落ち着いたものだ。
むしろお上があれやこれやとクチを挟んでこないぶん、活気は良好で、道をいく人たちの顔にもちぢこまった感はまったくない。
声もたからかにお客をよびこむ店々を横目にみながら、琴箭の足は自然とはやまった。
「あの、蔡琴箭です。治安官様にお許しをえているのですが」
門前で番のものにそう伝えたときはさすがにちょっと緊張したが、奥方様の言葉どおり話はとおっていたらしく、門衛は愛想よくなかへと入れてくれた。
「よくきたわね。待っていたのよ」
しばらく中庭でまっていると、取り次いでくれた下役のものをともなって、奥方様が琴箭を迎えた。
あいかわらず優美な物腰だ。
「おはようございます、奥方様。本日は、ご迷惑をおかけします!」
琴箭はどぎまぎを隠すように、ぴょこりと礼をした。
奥方はフフッと笑むと、ついてくように言って、先にたって歩きだした。そのまま従っていくと、どうも役所には入らず、そとへと出る気配だった。
「あ、あの···書はここで読ませていただくのでは?」
反射的に問うて、琴箭はしまった、と思わず口を抑える。さすがに失礼だったかと奥方の背を見上げた。
だが、奥方はまったく機嫌をそこねた風でもなかった。
「あら、だって、ここはお役人がお仕事をするところですよ? 心配しないで。書は旦那様の邸にちゃんと用意してありますからね」
ということは、これから治安官様のお宅に上がり込むことになるのか。我ながら、なんとも図々しい話だ。
沈黙をおそれるように言葉をついだ。
「あの·····あの妖はどうなりましか?」
「あの妖?」
奥方はきょとんとして立ち止まり、なんのことかと考える。
「ああ、アナタたちが捕らえてきた? あら、とっくに処刑したわよ?」
え······?




