琴箭、知らず虎穴に入ること
数日がすぎた。
里でのささやかな賑わいも落ち着いてきた頃、琴箭はいよいよ約束をはたすときがきたと、ひそかに胸をおどらせた。
あいかわらず父上は帰ってこない。間に合えばよかったのに、まあ、そう上手くはいかないものだ。あとで、しっかりと読み覚えた中身を話してあげればよい。
出かけたことを悔しがるかもね。
心中面白がりながら、琴箭は必要になるだろうものを布に一式つつんで荷をこしらえ、背にしょった。
郷までは、ちょうど用事があるという里のおじさんにくっついて、連れていってもらうことにした。
道のはたの風景は、このまえ歩んだときよりも若干ながら春の気配が濃くなったように感じられる。下草のあいだにちらほらと見受けられはじめたちいさな黄色や白の野花に目をやりながら、これから暖かくなっていく里の田畑をおもうと、心持ちもほころんだ。
「そういえば、月塊のやつどうしたかな」
ふと、思い出した。
さすがにもう脱獄して、件の妖を捜してまわっているだろう。せっかちそうな彼のことだ。うまくすると、もう見つけだし、片をつけているかもしれない。
あの日、倉庫で彼に自慢げに語ってきかせたあの自説。
あれはほとんど当てずっぽうだ。とっさに彼をいいくるめるための出任せにすぎなかった。
「···まあ真に受けてたとしても、それはそれでいっか」
彼がしばらくこの周囲に留まって目を光らせてくれていれば、件の妖とて警戒するはずだし。
そのまま妖がこの地より離れてくれればよし、彼が見事退治てくれればなお善しだ。




