琴箭、桃霞を案ずること③
琴箭は口中で相手の言葉をつぶやき返す。
「飼うのはよせ、とは、どういう意味でございましょう。私は身内同然のつもりです。ただ、あの娘の面倒をみたいのです」
真鶏は眉の間をせまくしてこちらを見た。
「······某は主の言を正確に伝えたまで。だがまあ、貴殿の気分を害したことは謝ろう。······飼っているのではない、か。なるほど」
そこでいったん、言葉を探すように押し黙った。ややおいて続きを口にする。
「ならば問う。貴殿はかの者と何処で出逢われた」
「それは仙郷······養春山です」
「そはいかなる山でござったか」
「それは──たしか于吉とかいう方士が······つくった············」
問われるまま答えるうち、琴箭にもひっかかる部分があることに気づいた。
──そういえば、なぜ桃霞はあそこにいたのだろう。
自分や月塊は(いや月塊はちがうか)、そこの住人である太賢良師に招かれたから、あすこに入れた。だいぶ迂遠ではあるが、それはありうる範疇の、想定内の出来事である。
しかし、桃霞はちがう。あの山の主である于吉すらも知らなかったというし、彼と争いになった折、桃霞が手を貸してくれたとも月塊から聞いたことはある。
それを鑑みても、まったくの自力で彼女はあそこを選んで入りこんだはずだ。
ならば桃霞はいったいどこから来たのだろう。
「それは──でも······ですが」
「貴殿に不知があるのは確か。それを識ったうえでかばわれるなら結構。愚見ながら、彼の者は良民のそばにおいてはならぬ者。ただちにあの山か、北の果へと追いやるべきであるということも、また不変」
真鶏は静かに立ちあがった。そうして、いまだ衝撃をうけたように呆とする琴箭に礼をすると、粛々と扉の向こうへと姿を消した。
琴箭はしずかに考えのうちに沈んでいた。
たしかに桃霞はよくわからない虎っ娘だ。月塊の例をみるならば、あの子は本性は虎の妖者、という部類なのだろう。人の姿にも化身でき、もとの姿と自在に使い分けられる。それは月塊にもできぬことだ。(いやまあ、妖ならそちらの方がアタリマエで、たんに月が不器用なだけということもあり得るが)
だが、それだけである。それがなんの脅威といえるだろう。その力こそは恐れるべきではあるが、ほかは楽しいことの好きな童女でしかない。言葉や意志が通じてすらもなお危険な者なぞ、人間にもいっぱいいるではないか。
「なによ。田祖ともあろう御方が、あんなおチビちゃんにビクビクしちゃってさ」
琴箭は覚悟をきめたようにすっきりとした顔をして立ち上がる。
「私は桃霞の味方だよ。貴女が去らない限り、私から追い払うなんてことは絶対にないからね」
そのとき、外の方でゴトリ、と音がした。琴箭は振りむくと、彼女のために用意した布巾と衣をかいこんで、そっと扉を開くのだった。
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