琴箭、桃霞を案ずること②
お休みですね。
文化の日だそうで。
琴箭は緊張で身を硬くした。
当然だろう。こんな夜更けに、しかも男の訪問を受けるなど初めてのことだ。それが只人でないのであれば尚更である。
この扉のさきにたつ者が人でないのは明らかだった。
呉にいた頃の庵ならいざしらず、ここは洛陽。
しかもたしかな門壁を備えた、軽々に忍びこもうなどという気も起こさせないほどには立派な屋敷なのだ。
「こんな夜分に失礼は重々承知なのでござるが」
扉の前にたった者は、いやに昔の口調で語った。
「某は、ある高貴な主人の遣いとして参りました。こちらにいる──小さき者、について言伝を授かっております」
「桃霞について?」
そう言われては無視もできまい。
琴箭は帯にはさんだ鉄扇を抜いて後ろ手にもつと、身構えながらギィと扉をひらいた。
そして、目を丸くした。
入ってきたのは、びっくりするほど背の高い、青白い顔をした男であった。頭の天辺でまとめた髷が天井につきそうなほどで、心持ち背を丸めているようにすらみえた。清らかな白の衣には一点の汚れもない。そのせいか全身が淡く光に包まれている。
「かたじけない。すぐ済みますので」
ことわって、男は琴箭がすすめた敷物のうえに腰を落とした。
「我が名は真鶏ともうす。主、叔均の遣いでござる」
「叔均、様?」
はて、そんな名のお方が知り合いにいたかしら、と琴箭は首をひねった。でもまてよ、そうか人ではないのだ。だとしたら······
「ご無礼ながら、黄帝より田祖の任を授かったという、『山海経』にある、あの?」
真鶏となのった男は嬉しそうに口元をゆるめた。
「博識であらせられる。その叔均様でござる」
ひええっ、と琴箭は臆面もなく声をだした。
なんとまあ、伝説的存在のご入来である。妖だけでも希少なのに、さらに神仙級の、それも古書に名をのこす御方が。真夜中のことであるし、これはもう、夢のなかにいるとしか感ぜられぬ。
いったい全体、自分の名はどこをどう突っ走っているのか。盤の旦那か月塊が言いふらしてでもいるのだろうか。
「早速ですが、こちらの──その、桃霞、という赤虎についてですが」
「あ! は、はい」
琴箭は座にあらたまった。そんな彼女に、真鶏は意外なことを告げた。
「悪いことは申さぬ。あれを飼うのはよし、北へと追い払いたまえ」
お読みくださり、ありがとうございました。
つづきはまた、土曜日からになります。
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