曹隊、妖異にふれること④
一夜が明けた。
孟徳らが点検してみると、じつに三百ちかい兵を失い、負傷したものは倍ほどにものぼることがわかった。
敵本軍を目前に、たかが十人ちょっとの相手にこれでは大損害である。孟徳は唸った。
「とにかく兵を休ませるしかござらぬ」
副将にそう告げ、孟徳は、この損害を与えた怪物の亡骸が横たわる場へと出向いた。
松明を片手に見張りをしていた兵をねぎらい下がらると、無言のままそのおり重なったモノを見下ろす。
「······鬼卒、とか言ったかな、あの小僧は」
側に控えた部下にたずねるともなしに呟いた。
「は。これは人の世の区分の外、妖と仙の領域のものであると······」
孟徳は苦笑するしかなかった。
「信じられぬ。私は実際家だ。この野心と欲とが渦巻く現し世に、かようなことまで内包されていてよいはずがない。書という書に目は通したが、このテの絵空事が書かれたものなど数行でうち捨てたわ」
危のうございます、止める部下をおいて、孟徳はツカツカとそれに近寄り、さらに詳細に観察する。
よくみると、それらのうえをなにか植物の蔦のような弦が這っており、それが全身に及んでいることがわかる。あの炎に呑まれながらも、それらの弦は所々、まるで薄皮をはがすように黒い燃えカスをわって緑の色をのぞかせ始めている。
肩のあたりにあった小さな塊が朝日に呼応するかのように開き、えもいわれぬ清純な桃白色の花を咲かせた。ふわりと、心を奪うような芳しい香りが風に舞った。
孟徳は顔をしかめると、部下から受けとった松明をおもむろにその花に押しつけ、焼き尽くす。
「あの若造が留まっておれば、まだ何か聞き出せたのでしょうが······」
これは何事が起こっているのか。貴様は何者で、これをやったのは誰なのか。
そう問うた孟徳の言を、その月塊となのった若者は「アンタらと喋くっている暇はない」のひと言で押しのけた。
「とにかくそれを放った奴はもうここを離れた。その頭のへんにある花を燃やせばコイツらはただの骸だ。俺は行く!」
そう捨て置いて、あっという間に闇に溶けて消えおったな。
「これをやった者とは、まさか張角でしょうか? こんなものを相手にしていては、苦戦するのもうなずけますが······」
なるほど、その心配は的外れともいえまい。だが孟徳はあえてその言を一笑にふした。
「馬鹿な。張角なぞ、ただ一介の学者くずれにすぎぬ。なにが妖術なものか。戦が長引くのは日和見どものさじ加減のせいよ」
完全に花が焼けきって炭になったのを確認すると、孟徳は松明を投げ捨てて背を向ける。
「兵に食事を与えよ。終わり次第出立する!」
重複した表現を微修正しました。




