曹隊、妖異にふれること
曹孟徳に率いられた漢の援軍は、洛陽を発し、虎牢、汜水の大関をぬけ、順調に歩を進めた。
現在、最激戦地の冀州・広宗では、さきに派遣された盧植将軍が善戦していたが、張角のつかう妖術に翻弄されたうえ、地勢を巧みに用いられるなどして、じりじりと兵の数を削られているとのことだ。
「反抗しているとはいえ、賊徒には物のわからぬままひき入れられた民もおおいはず。盧将軍も本気では攻められぬのだろう」
とはいえそちらはひとまず任せておいて、自分たちはまず、南下をもくろむ波才軍を叩かねばならない。それになんといっても、豫州・潁川の地は我が故郷である。孟徳らは意気たかく軍をすすめ、いよいよ新鄭のあたりまで来たおりだった。
「この先、賊が待ち伏せているようです」
午。物見からの報告に、孟徳と副将は顔を見合わせた。
「援軍を阻むつもりらしい、小癪な。よかろう、前戦といこうではないか」
孟徳は全軍に攻撃を命じ、賊軍に挑みかかった。
相手には兵法をかじった者がいたのか、地勢においてお手本どおりの伏せ方をしていた。
が、そんな基本が、後に「奇計百出」と称された男に通用するはずもない。賊徒どもは裏を突かれて統制を乱し、散り散りとなって遁走した。
「追え! このまま一気に追い込み、友軍の応援とするのだ!」
孟徳もみずから馬をとばし、賊軍を追う。
その様を、ふたつの人影が、たがい知らずに丘より見物していた。どちらもともに、常人の適う場所ではない大岩のてっぺんに悠々と居座って、眼下の光景を傍観している。
そのうちひとりが口許に笑みを浮かべ、ふわりと宙に舞った。そのまま重みを感じさせぬ足取りで両軍の動きを追っていった。
そしてもう一方、ほとんど反対側にいたもうひとりは、顔をしかめて舌打ちをするとやにわに飛び降り、丘を下りはじめる。そこが崖だろうが知ったことではないというような乱暴な下りようで、麓に待たせていた馬にまたがると、こちらもいっさんに漢軍の後を追う。
駆けに駆け、黄巾軍を追った漢軍だったが、とうとう夕暮れ時が近づいてきたのを悟ると、その歩調をゆるめた。いまだ頭目を討ち取れはしないものの、結果だけみれば幸先の良い勝利を得た。
今夜はここで夜営をすることに決め、孟徳はいったん追跡を中止した。ただし注意は怠れない。
「賊どもは夜襲を仕掛けてくるやもしれぬ。そこだけぬかるなよ!」
さすがに冴えていた。このひと言が、彼らの全滅を阻止したといっていい。




