蔡琴箭、曹孟徳をみおくること③
お休みですので。
声に反応して、琴箭はとっさに手綱をひいた。が、いうまでもないというように、すでに槽は脚をとめており、前方をうかがうように耳を立てている。
みると黄河の岸に、焚き火をする一団がいた。人数にして四人ほど。みな官軍の衣を身につけている。
だが兜をおき捨てたりなぞして、恰好にはまったく締まりがない。防寒のためか毛皮なんぞもはおり、風体は猟師のようにもみえる。
そのうちのふたりほどがすでにこちらに気づいて立ち上がり、ゆっくりと歩み寄って来ていた。
「これはこれは御婦人がた。どこまでお行きなさるんで?」
「ここから先は危のうございますよ? なんせ都の外でがんすからね」
ニヤニヤ嗤いながらこちらを値踏みするように不躾な目線をよこす。
どうもこちらにきてから、こんな目を向けられることが増えた。中原人はよっぽどねちっこい柄の者が多いのだろうかと、琴箭は眉をしかめてため息をつく。
もっとも、それはなにも中原人だけの特質ではない。ようするにそれだけ彼女が童女ではなくなったと、そういうことなのだが、本人はいまだそれを知らない。
「通してくれませんか」琴箭は本能的に、やや強めの語調で告げた。「先を急ぎますので」
男たちは彼女のキリリとした物言いに一瞬顔を見合わせたが、なにがおかしいのか吹き出し、笑いあった。
「そうはいきやせんぜ。こんなお寂しいところを、アンタみたいな若いご婦人が童女をつれてねえ。危なっかしくていけやせんぜ」
現代の日本的に言うならば、「鴨がネギを背負ってきた」というところになるのだろう、そういう言意をはっきりと感じた。
「······仕方ありませんね。ではいったん出直します」
出来るだけ柔らかくそう応えて馬首をめぐらせると、その前に回り込んだ別の男が立ちふさがり、両手を広げる。
「おっと、それも駄目だ。ここで俺っちたちに邪魔されたと訴えられちゃ敵わねぇ」
行き場をなくした槽が蹄を慌ただしくしながらぐるぐる回るが、すっかり男たちに取り囲まれてしまい、出ることができない。
さすがに恐怖を感じた琴箭が、かまわず押し通るよう槽にハッパをかける一瞬、より速く動いた男の手が彼女の手首をひいた。
「いいから降りろって言ってんだよ!」
その瞬間、
「姐御をいじめるなッ!」
立ちあがった桃霞が、ばっと男の顔におおいかぶさるように飛びかかった。不意をつかれた男は足をもつれさせて倒れたが、すぐに邪魔っけなちっこいのを顔から引っ剥がし、忌々しげにはき捨てる。
「こんのガキがぁ! なかなか活きがいいじゃねえか! せいぜい高く売りとばしてやるぜ!」
小脇にかかえられジタバタする桃霞の頭をポンポンたたき、男はからかうように笑う。桃霞はみる間に顔を真っ赤にしていき──
それはとうとう我慢の限界をこえた。
「「ウガルがァァァ────ッ!」」
男が小脇に抱えていたものは、あっという間に彼の倍はあろうかという丈の大虎へと変じていた。
ごめんなさいです。前回お知らせするのを忘れていました。
そしてなんと、月琴伝は今回でとうとう100部となりました! わー、パチパチ。
でもこんな感じで100部目とか······締まらないなぁ。
次回は予定どおり。明日正午の更新となります。
誤字を修正しました。




