エピローグ
「あっ、アクロスさん!」
「もう来てたのか、ずいぶん早いじゃないか」
「いえ、昨日着いたばかりですよ」
「サリヤも来てるのか?」
「サリヤさんは、まだですね」
「そうか、」
ギルとアクロスは、心地よい海からの風に吹かれていた。
「これがアレンの母親の墓か、」
アクロスは墓石の前に、色鮮やかな菊の花束を置いた。
「お揃いですね、」
「あっ、テレズさん」
シスター・テレズが、教会の扉の前に立っていた。
「シスター、アレンは来れないよ」
「存じております」
テレズはアディアの墓前まで進み、しゃがみ込んで祈りを捧げた。
「こんな辺境の村にも、アレン王のことは聞こえてくるんですよ」
テレズは立ち上がり、微笑んだ。
「しかし、死んだ奴を王にするなど、ウォルタも思い切ったことをしたもんだ」
「それだけアレン王の功績が、偉大だったということではないでしょうか」
「アレンさんは、この世界を救った英雄ですからね」
「そうだな、」
大きく息を吐いたアクロスは、澄み切った青空を見上げた。
「ところで、あの体格のがっしりした、漁師長でしたっけ、」
「ペシャルですね、」
「あ、そうそう、その人はお元気ですか?」
「死にました」
「えっ、死んだ?」
「アレン王を騙し、北の大渦で殺そうとした罪で、ディスペアの役人に捕らえられ、斬首になりました」
「・・・そうだったんですね」
「今は、ペシャルの罪を役人に告発したイジュスという人が、漁師長の後を引き継いでいます」
「なるほど、」
「では、わたしは教会のお仕事がありますので、」
テレズは軽く会釈をして、教会の扉へ消えた。
「ギル、アレンを戻す方法は見つかったのか?」
ギルは、うつむきながら首を横に振った。
「かなり危険な本もたくさん読みましたが、魂の無い者を現世に戻す方法は、どんな書物にも載っていません」
「悪魔でも無理だってことか、」
アクロスは、ため息をついた。
「アクロスさん、僕達はサリヤさんの魔法で復活しました」
「そうだな、」
「一度死んだ今の僕達に、もう魂はありません」
「次に死ぬと、アレンと同じように幽霊になってこの世をさまようって話しだろ?」
ギルは腕を組んで、カモメが鳴く海を見つめた。
服の袖が海からの風でめくれ、火傷のあとが見えた。
「その腕の火傷は元に戻らなかったのか」
「これは死ぬ前に焼けましたからね。あ、でも動かす分にはなんともありませんよ」
ギルは腕をぐるぐる回しながら、にっこり微笑んだ。
「ギル!アクロス!」
教会への道で、右手を振りながら叫ぶ声が聞こえた。
「サリヤさん!」
サリヤは大きく息を吐きながら、小走りで墓の前まできた。
「久しぶりね、元気だった?」
ギルとアクロスは、サリヤを見て絶句した。
「サッ、サリヤ!その赤ん坊は・・・」
「あ、この子は、あたしとアレンの子よ」
「えええー-っ」
3人はアディアの墓参りを終え、教会の一室でお茶を飲んでいた。
大きな窓から差し込む日差しが、窓の下に影を作った。
「驚きましたよ。まさか、アレンさんとサリヤさんの間に子供ができていたなんて、」
「全くだ。お前らいつの間にそうなったんだよ」
サリヤは、お茶を飲みながらテレ笑いを浮かべた。
「今何歳なんだ?」
「少し前に一歳になったとこ」
ギルは、サリヤの腕でスヤスヤと眠る赤ん坊を見つめた。
「かわいいなー。アレンさんそっくりですよ。男の子ですか?」
「そうよ、」
「名前は?」
「なんだと思う?」
「えっ?」
「二人も知ってる名前よ」
ギルは、少し考え込んで、
「あっ、もしかして、セシル!」
サリヤは、にっこり微笑んだ。
「アブストの城下町で、アレンが名付けた名前か、」
「アレンが考えた名前って、あの時か、あと船の名前くらいしかないのよね」
「そうなんだー。セシル君かー、かわいいなー、」
ギルはニコニコしながら、両手をグーで寝ているセシルを見つめた。
「ここでゆっくりしていくのか?」
「うううん、あたしはもう行くわ。ここまで送ってくれた漁師さんの船を待たせてるから、」
「そうか、」
お茶を飲み干すと、サリヤは椅子から立ち上がった。
それを見たギルも立ち上がる。
「サリヤさん、」
「なに?」
「どこで暮らしているか、僕達だけには教えてくれませんか?」
サリヤは首を横に振った。
「ギル、わたしは今は聖女でもなんでもない、ただの母親よ。もう、過去のことは忘れたいの・・・あなた達を見ると、どうしても思い出してしまうのよね・・・ごめん」
「・・・そうですよね、わかりました」
「じゃあ、これで生涯の別れだな」
「ええ、二人とも元気でね」
サリヤは、ギルそしてアクロスと握手を交わした。
サリヤの右腕は、まるで老婆のようにシワだらけになっていた。
サリヤは、来た道を戻っていった。
ギルとアクロスは、時々振り返って手を振るサリヤを、見えなくなるまで見送っていた。
「ギル、俺達は復活して何か意味あるのか?」
「僕は、アレンさんを必ず現世に戻してみせますよ。そのために、サリヤさんは自分の両腕を犠牲にして、僕達を復活させたんですから」
「・・・そうか。でも、本音を言うと、俺はあのまま死にたかったんだけどな、」
「何言ってるんですか。アクロスさんも僕の手伝いをしてくださいよ」
「それは、お前のいるアブストへ来いってことか?」
「いえいえ、僕は行きますよ」
「どこへ?」
「決まってるじゃないですか、全てが始まった場所です」
「ウォルタか、」
ギルは力強く頷いた。
ー 4年後 ー
「隊長、この辺りです」
強く海風が吹きつける崖近くで、リッツは馬を降りた。
「大勢で行く必要はない、お前達はついてくるな」
「しかし、隊長」
「ここで待ってろ、いいな」
「じゃ、俺も待ってまーす」
「お前は来るんだよ、ユシル」
隊長のリッツ、副隊長のユシル、そして隊長を引退し指導者となったファンスの3人は、崖に張り付くように立っている小屋に向けて歩き出した。
「あれー、ついてきちゃってるよ」
リッツが後ろを見ると、5,6名の白の騎士団兵が3人の後をついて歩いていた。
「おい、お前ら!」
「まあいいじゃないか。お前の事が心配なんだよ」
「ファンス様、ですが・・・」
その時、気配を感じたリッツは、腕を上げ隊を止めた。
しばらくして、前方の小屋の扉がバンっと勢いよく開いた。
「こらっ!食べる前は手を洗いなさいって、いつも言ってるでしょ!」
中から、口をもぐもぐさせた子供が飛び出してきた。
「セシル!待ちなさい!」
続いて、サリヤが飛び出てきた。
二人は目の前にいる男達が視界に入り、思わず足を止めた。
「サリヤ様、私達のことを覚えておられますか」
「あっ、あなた達はウォルタ城であたしを助けてくれた、」
「覚えていただき光栄でございます。我らは王直属の騎士団」
セシルは突然現れた男達に驚いたのか、サリヤの後ろに急いで隠れた。
「どうしてここが、」
「我らはアレン王が暗黒龍を倒して以降、ずっとサリヤ様の行方をお探ししていたのでございます」
「サリヤ、お客さんかい?」
小屋の扉から、ステラが出てきた。
「おばあちゃん、なんでもないのよ」
サリヤはステラを小屋に戻し、扉を閉めた。
「あたしに、何か用ですか?」
リッツは跪いた。
続いて、ユシル、ファンス、そしてついて来た騎士団も同じように跪いた。
「サリヤ様、あなた様はアレン王の王妃。是非ともウォルタ城へお入りください」
「嫌よ。あたしは王妃なんかじゃない。そもそも、あたしとアレンは結婚なんてしてないの」
後ろにいたファンスが声を出した。
「サリヤ様、我がウォルタには王が必要なのもまた事実。どうかご理解いただけませんか。アレン王は、王を受け継ぐ正当な血筋のお方、」
「ママ、ちすじってなに?」
その時、サリヤは気付いた。
「あなた達の狙いは、セシルね。あたしがお城へ入れば、当然セシルも付いてくる。本当の狙いはセシルでしょ」
騎士団は無言になった。
「この子は城へなんか行かせない。あたしと、ここで穏やかに暮らすのよ」
サリヤは、セシルを抱きしめた。
「さあ、もう帰って」
リッツは目でユシルに合図した。
ユシルは持っていた皮にくるまれた物をリッツに渡した。
リッツは、渡された皮にくるまれた剣を取り出した。
「あー!剣だ!」
セシルは、リッツの元へ走り出した。
「あ、セシル!ダメよ!」
セシルは、リッツが持つ剣を見た。
美しく装飾が施された剣帯に入った剣。
セシルは、大きく見開いたキラキラした目で剣を見つめた。
セシルの腰には、ボロボロになった手作りの木の剣があった。
「王子、この剣がほしいですか?」
「ええー、僕にくれるのー!やったぁ!」
「差し上げますとも。但し、ひとつだけ条件がございます」
「えっ、じょうけんってなに?」
「王子がこの剣を抜けたら、です」
その言葉に、サリヤはリッツが持つ剣をよく見た。
「それは、アレンが持っていた剣!」
「そうです。これは、アレン王が持っていた聖剣オセアオン・ブロンシュ。持つ者を選ぶ神の剣です」
抜けるわけがない、
サリヤは、そう心で呟いた。
だが、もしセシルがあの剣を抜いたら、
それは、また聖剣が必要となる新たな災いが、この世界に起こる予兆になるような気がした。
「ここを持って、後ろへ引っ張ってください」
セシルは言われるまま、剣の柄を両手で握った。
(お願い、セシル!抜かないで!)
サリヤに緊張が走った。
サリヤだけではなく、そこにいる全員が固唾を飲んでセシルの様子を見ていた。
「じゃ、いくよー!えい!」
シャー
金属が擦れる音を残して、聖剣オセアオン・ブロンシュは抜けた。
「やったぁー!抜けた!」
セシルは両手で剣を持ち、嬉しそうに振り回した。
剣は太陽の光を反射して、美しく輝いた。
「うそ・・・噓でしょ、」
サリヤは力が抜け、その場に座り込んでしまった。
その様子を見たセシルは、剣を放り投げサリヤの元へ走った。
「ママ!どうしたの、大丈夫?」
サリヤは泣きながら、セシルを抱きしめた。
泣いてるサリヤを見たセシルは、リッツがサリヤを苦しめたと理解した。
「お前、ママをいじめたな!」
「ちっ、違います王子。私は何も」
「ママをいじめる奴は、僕が許さないぞ!」
「王子、落ち着いてください!」
「おうじって誰だ!僕はセシルだあぁー-」
セシルの毛が逆立った!
同時に、地面がグラリと揺れた。
その闘気に、リッツは思わず自分が殺されるという強い殺気を感じた。
リッツは反射的に腰の剣に手をかけた。
それを見たファンスは、リッツの腕をつかんだ。
「やめなさい!」
サリヤは、セシルを後ろから抱きしめた。
「あたしは大丈夫だから」
「ママ、」
ー 2年後 ー
サリヤは、ウォルタ城の一室の窓から城下の町を見ていた。
「サリヤ、」
「あ、おばあちゃん、」
「もうこの景色も見慣れたね、」
「そうね、もうここへ来て2年くらい経つかしら」
「セシルはどこだい?」
「リッツと剣の稽古を中庭でしてるわ」
「あの子も、もう7歳か」
「時間の経つのは早いわね」
その時、ウォルタ城の城門に近づく若い女性の姿があった。
二人の門番は、すかさず長い槍を合わせ、城への侵入を防いだ。
「誰だ、お前は」
「あたし?」
「お前しかいないではないか」
「お姉ちゃんに会いに来たの」
「お姉ちゃん?誰だ、そのお姉ちゃんの名前を言え」
「サリヤよ」
門番は、若い女性の喉元に槍を突き付けた。
「貴様、わが王妃を呼び捨てにするとは、死にたいらしいな」
「いいよ、やってごらんよ」
「そうか、ならば死ねえ!」
門番は槍を引き、勢いをつけて若い女性の身体を突き刺そうとした!
ガチャン、
「ぐわぁー」
門番は槍を地面に落とし、頭をかかえながら悶絶した。
「おっ、おい!どうした!」
「ぐわー、頭が、頭が割れる!」
若い女性は、のたうち回る門番を見ているもう一人の門番をにらみつけた。
「あたしは、この城の王妃サリヤの妹ルシアよ。頭を割られたくなかったら、ここを通して」
「いっ、妹?なにか証拠でもあるのか!」
「母親の名はマリア。あたしは牢屋の中で生まれたの。それだけ王妃に言えば、わかるはずよ」
「バカめ。貴様のような得体の知れない奴を、我が王妃にとり継ぐわけないだろう!」
門番は槍を振り上げた。
「わからず屋って、ダメな奴の典型ね」
ルシアは、頭痛の魔法をこの門番にもかけた。
「ぐわぁー」
門番は同じように、槍を落として地面に転げまわった。
「じゃね、無能な門番さん。そこで一生転げまわってなさい」
ルシアが城の中庭を歩いていると、カンカンと木刀がぶつかる音がした。
青年と子供が、剣術の稽古をしているようだ。
「あら、あなたケガしてるじゃない」
ルシアは、セシルに近寄った。
リッツは、素早くセシルの前に立つ。
「誰だ、お前は」
「あなた、さっきまであそこにいたのに。瞬間移動?」
「王子、お下がりください」
(王子・・・)
にやりと笑みを浮かべたルシアは、手を前に突き出した。
「貴様、魔法使いか」
リッツは、腰の剣を抜いた。
「あっ、あれー?」
「セシル王子、何かされましたか!」
「すり剥けたとこ、治ってる」
「なんですと!」
リッツが見ると、少し血が出ていたセシルの膝が何もなかったように元に戻っていた。
「あっ、あなたは、もしや聖女さま・・・ですか」
「そうよ」
リッツは剣を腰に納め、跪いた。
「知らなかったとはいえ、大変なご無礼を、」
「いいのよ、こんな汚れた服着てたら誰でも疑うから」
ルシアは、セシルに近寄った。
「セシル君、あなたのお母さんはサリヤって人だよね」
「えっ、お姉ちゃん誰?」
「あたしは、あなたのママの妹よ。ねえセシル、ママに言ってちょうだい。妹がクレセント・カルマンをもらいに来たってね」
「クッ、クレセント・・・カルマン?」
「先が三日月になった木の杖。あなたのママが持っているはずよ」
見上げるセシルに、ルシアは冷酷な笑みを浮かべた。
「あなたのママはね、もう聖女じゃないの。聖女は、このあたしよ、わかった?」




