89 交錯する想い
「王子、こちらです!」
リッツは階段を駆け上がろうとした。
「アクロス、俺の背に乗れ!」
「城の中で、そんなみっともないマネができると思うか?」
「んなこと言ってる場合か!いつ城が崩れるか分かんねえんだぞ!」
「俺は後から行くから、お前達先に行け」
「ダメだ!乗れったら乗れ!」
アクロスは、しぶしぶアレンの背中に乗った。
「よし、いいぞ!案内してくれ!」
「はっ、こちらです!」
階段を上がり、吹き抜けの廊下を走った。
中庭に面して石柱が等間隔に並び、窓はなく太陽の日差しと風が直接入ってくる廊下だ。
城の揺れは収まったが、柱に無数の亀裂があり、割れた欠片が柱の周りに落ちている。
突き当りの階段を上がり、今度は壁に囲まれた廊下を駆け抜けた。
そして、突き当りの部屋の扉の前でリッツは止まった。
「この部屋の中に、そのお方がおられます」
「誰なんだ?」
アレンは尋ねながら、アクロスを降ろした。
「お会いいただければ、わかります」
リッツは、跪きながら答えた。
アレンは小さくため息をつき、部屋のドアを開けた。
窓際に椅子が置いてあり、椅子には青年とおぼしき人物が背中を向けて座っていた。
「お前、誰だ?」
椅子に座っていた人物は、アレンの声に反応し立ち上がった。
「その声!兄さん!兄さんだね!」
そして、アレンの方を向いた。
目は両目とも閉じている。
「うっ、うそ!アレンにそっくり!」
サリヤは思わず片手で口をふさいだ。
その人物は、手探りしながらゆっくりとアレンの方に歩いてきた。
「兄さん、僕は弟のアクタだよ」
あと少しでアレンに触れられるというところで、アクタは床につまづいた。
「あっ!」
とっさにアレンはアクタを支えた。
「あ、この感じ。間違いない!やっと・・・やっと会えたんだ!」
「俺の弟・・・か?」
「そうだよ、兄さん。僕たちは双子の兄弟。僕は、どれだけ兄さんに会いたかったか」
そう言って、アクタはアレンに抱き着いた。
体格こそ違うが、アクタの顔はアレンと瓜二つだった。
アレンは鏡を見ているような錯覚を覚えた。
「お前、目はどうしたんだ、見えないのか」
「何年か前の武闘大会で負けた後、父であるウォルタ王は僕をひどく叱責した。そして、体力の強化といって何かの薬を僕に飲ませた」
「薬?」
「飲んだ後の記憶がなくて・・・気が付いた時は、牢屋の中だった。そしてある日、薄明りな牢屋の中で、僕の身体の中に何かが入ってこようとした」
「何かって、なんだ?」
アクタは首を横に振った。
「わからない。でも僕を乗っ取ろうとしてた。だから、僕は必至で抵抗した。何日もかかって、ようやくそいつを身体から追い出せたんだけど、その時から目が見えなくなったんだよ」
「・・・」
「光も感じないから、瞼を開けても同じ。だから、いつも閉じてる。あっ、でもその分聴力は凄く敏感になったよ。どんな小さな音でも聞き取れるんだ」
アクタは、笑みを浮かべた。
「お前・・・」
「兄さん、本当は僕だったんだ」
「えっ?」
「エルダーが連れ出すはずの子供は、兄さんじゃなくて僕だったんだよ」
「なんだって・・・」
「この国には、王の後継者である男子は一人しか存在できないという決まりがあるらしいんだ。そして、殺されるのは後から生まれた僕の方だ。それも決まってることなんだよ」
アクタは立ち上がった。
支えていたアレンも手を放し、立ち上がる。
「僕を処刑前に城外へ連れて逃げるよう、母さんはエルダーに頼んだ」
「そのとき間違えたってのか・・・」
「母さんは毎日夜になると、月が見えるテラスで森に向かって祈ってた。雨の日も、雪が舞う寒い日も・・・小さかった僕は、一体何に祈りを捧げているのか理解できなかったけどね」
「・・・」
「そして、僕が6歳になったとき母さんは突然いなくなり、それっきり帰ってこなくなったよ」
アクタはうつむき、唇を嚙みしめた。
「兄さん、兄さんは旅に出ているんだろ?僕もその旅に連れて行ってよ!僕はここから出たいんだ、この悪魔のよ・・・」
その時、アクタの耳にギリギリと複数の弓を引く音が聞こえた!
「兄さん!危ない!」
とっさにアクタはアレンの前に立った!
ヒュー、ヒュヒュー
バシュ!バシュ!バシュ!
「があっ、」
両手を広げてアレンの前に立ったアクタは、口から血を流し、ゆっくりと後ろ向きに倒れた。
「かかれ!」
「おおー!」
何もない空間から、3人の男が飛び出してきた!
「死ね!悪魔の聖女め!」
そのうちの一人が、大きな剣を部屋の入り口に立っていたサリヤの頭上に振り下ろした!
「きゃー!」
ガキーン!
剣はサリヤの頭上で、アクロスの斧にはじき返された!
同時に後ろの男が、ギルめがけて襲い掛かってきた!
ガキン!ブシュ!
リッツが剣を弾き飛ばすと当時に、男の身体に剣を走らせた。
「アレン!今日がお前の最後だあー!」
一瞬の隙をついて、最後の男がアクタをかかえているアレン目掛けて突進してきた!
アレンは、アクタをかかえて剣を抜けない!
バシュ!
ドサッ
アレンに向かって剣を振り上げた男は、あとわずかなところで倒れた。
男の後ろには、リッツが立っている。
「あっ、あと・・・少しだったのに・・・・・・ぞっ、族長・・・もうしわけ・・・ありま・・・せ・・・・・・」
ブシュッ!
「きゃっ」
カラン、
アクロスが打ち取ったはずの男は、回復の魔法を撃とうとするサリヤに向け剣を振った。
右腕を斬られたサリヤは、手からクレセント・カルマンが落ちた。
「サリヤさん!」
眉間にシワを寄せ、痛みをこらえ右腕を押えるサリヤ。
男はアクロスに止めをさされた。
「大丈夫ですか、サリヤさん!」
ギルはサリヤの駆け寄り、自分の着ていた法衣を引き裂いてサリヤの腕に巻いた。
アクタは、アレンの腕の中で四肢を痙攣させていた。
「よっ、よかった・・・にっ、兄さんの腕の・・・なっ、中で死ねる・・・なんて」
「おっ、おい、しっかりしろ!」
サリヤは杖を取り、痛みをこらえながらも回復の呪文をアクタにかけた。
しかし、同時にアレンに抱かれたアクタの首は、そのチカラを失った。
「おい!待て、死ぬな!おーい!」
その時、アレンはアクタの身体から起き上がる白い分身のようなものが見えた。
(兄さん、僕の分まで長生きしてよね・・・)
アクタの声が聴こえた。
ダランとなったアクタの顔は、心なしか笑みを浮かべていた。
白い分身は煙のように消えた。
「おい!勝手に死ぬんじゃねえ・・・俺達、兄弟なんだろ・・・まだ会ったばっかじゃねえか・・・どうして死ぬんだよ・・・」
アレンの問いに、アクタが答えることはなかった。
「サリヤさん、大丈夫ですか?」
「うん、平気」
サリヤは痛みをこらえながら、立ち上がった。
「ギル、サリヤは自分の傷は治せないのか」
アクロスの問いに、ギルは顔を横に振った。
「聖女とは、そういう人なんです」
サリヤ、ギル、アクロス、そしてリッツはアレンの元へ集まった。
また城が揺れた。
細かい砂が、天井のひび割れからパラパラ落ちてくる。
リッツは鎧の中に手を入れた。
「サリヤ様、これは切り傷に効く軟膏です。これをお使いください」
「あっ、ありがと」
アクロスはアレンに近寄った。
「アレン、その人は・・・」
「俺の双子の弟だってよ」
リッツは、アレンの前に跪いた。
「王子、お怪我はありませんか」
「俺は大丈夫だ。弟は死んだけどな、」
リッツは、うなだれた。
アレンはアクタの身体から矢を引き抜き、亡骸をそっと床に置いた。
抜いた矢は、ヤジリが赤黒くなっている。
「アレンさん、その矢には先端に毒が塗られています。おそらく致死性の高い毒かと」
アレンは立ち上がり、リッツを見た。
「お前、眠り姫の場所を知ってるか?」
「はっ、秘密の隠し部屋ですね。存じております」
「そこへ案内してくれ」
また少し揺れた。
天井や壁から、細かい砂埃が落ちてきた。
「恐れながら王子、この状況では猶予はありません。この城から脱出する方が先決かと具申致します」
「そうかもしんねえ。だが、俺の頭の中で誰かが囁いてやがんだよ」
「どのようにでしょうか」
「先へ進め、ってな」
リッツは、少しためらったが、
「かしこまりました。では、案内致します」
アレンは、目を閉じ微笑むアクタの顔を見た。
「悪いが、今はここに置いていくぜ」
サリヤはアクタの手をとり、胸の前で合わせた。
ドーン!グラグラグラ、
大きく縦に揺れた!
「よし、急ぐぜ!アクロス、俺の背に乗れ」
「わかった、」
「王子、アクロス様はこのリッツがお運び致します」
「そうか。じゃ、頼んだ」
「はっ、」
そう言って、リッツはアクロスに背を向け低い姿勢になった。
「悪いな」
「どうぞ、お気になさらずに」
リッツを先導に、アレン達は部屋を出て階段を上がり、廊下を走った。
そして狭い階段を駆け上がった。
その時、
「何をそんなに急いでおる」
「王!」
リッツはすぐさまアクロスを降ろし、跪いた。
上がった階段の先に、突如現れたウォルタ王。
「貴様ら、どこへ行く気だ」
「お前がこの城の主か」
「小僧、王への礼儀というもの知らんらしいな。白の騎士団よ、そやつを斬れ」
「おっ、恐れながら申し上げます。この方は、アレン王子でございます」
「それがどうした」
「えっ、」
リッツは驚きのあまり、王の顔を見た。
「王の命令が聞けぬと申すのか、」
「しっ、しかし・・・」
「フッ、まあ、よい。今は非常事態だ、特別に許そう。ドラゴンオーブを置いてさっさと立ち去れ」
「なぜ俺がドラゴンオーブを持ってると知ってる」
「無知な貴様らにはわからんだろうが、この揺れは暗黒龍が復活しようとしているものだ」
「なんだと、」
(やはり、あの男が残した言葉は真実だったのか・・・だが、ドラゴンオーブは神が作ったもの・・・そんなハズは絶対ない・・・)
ギルは唇を嚙みしめた。
「だが復活は決定的ではない、」
「どういう意味だ」
「復活を決定付けるのは、ドラゴンオーブと眠り姫が同じ空間にそろった瞬間だ。ゆえに、この王自ら眠り姫のところへ行こうとしているバカな貴様らを止めにきてやったのだ」
「やけに詳しいじゃねえか」
「このウォルタこそが天魔対戦決戦の地。神々が決戦後に行ったことについて、多くの文献がこの城内に残って当然であろう」
ウォルタ王はニヤリと笑った。
「さあ、わかったならドラゴンオーブを置いて立ち去れ。次は同じことを言わぬぞ」
アレンは、胸の前で腕を組んだ。
「断る」
「なんだと、」
「なんかウサン臭せえんだよな、てめえの言うことは」
「それが父に向かって言う言葉か」
「父?へっ、笑えるぜ」
アレンは、背中の剣を抜いた。
「俺に父親なんかいねえな。俺の親は、じっちゃんだけだ。どけよ、そこを」
「王に向かって剣を抜くとは」
ウォルタ王は、跪いてるリッツを睨んだ。
「おい、やはりこの無礼者を始末しろ」
跪いていたリッツは、ゆっくり立ち上がった。
「できません」
「・・・フフフ、そうか。ならば、この俺様が貴様ら全員始末してやろう」
ウォルタ王の顔が、ビリビリと縦に裂けた!




