77 ヴェルテクスの大渦
「お前ら、このカネで久しぶりにディスペアでも行って大騒ぎするか!」
「おぉー!」
「まじか!やったぜ!」
ペシャルの豪気な発言に、ライの村酒場は盛り上がった。
娯楽といえば、賭け事ぐらいしかない彼らにとって、ディスペアは刺激的な町だ。
村とは大違いの都会であり、今や南大陸で一番賑わっている。
そこにタダで行けて、飲み食いまで出来るとなれば、
大はしゃぎするのも無理はない。
「ペシャル様、いいんですかい?これだけの人数で行けば、そのカネ全部無くなりますぜ」
「構うもんか、どうせ泡ゼニだ。バカな若造から、タダ同然でせしめたカネだからな」
「でも、あいつらが船の代金として渡したカネでしょ?」
「心配すんな。くれてやった船は、村で一番のボロ船だよ。ガッハッハ、」
ペシャルは、大笑いした。
「アレンとかいうガキは、このカネの一部を教会に寄付しろとかほざいてたが、そんな事この俺がするわけねぇだろ、なあ皆!」
大爆笑が起こった。
「ボスが寄付なんかするわけねえよ」、「バカな奴らだ」、「かわいそうに同情するぜ」、
大勢の嘲笑う声が、村の酒場に響いた。
「神の武器かなんか知らねえが、全く生意気な若造だったぜ」
「神の武器って、まさか、神器ですかい!」
「奴らはそう言ってたが、そんな訳ねえさ、」
「すげー、あいつら神様に選ばれた奴らだったんだ!」
「アホか!違うってんだろ!だいたいな、そんなすげー奴らが、なんでこんな田舎の漁師町に来るんだ」
「仲間を追いかけて、海を流れてきたって聞きやしたけど、」
「だから、神に選ばれるような奴がそんな事するわけねえって。仲間がどうなろうと、どこかの城で贅沢に暮らしてるはずさ」
「そう言われりゃ、そうですね」
「偽物だよ、奴らは。どうせ、あの剣も何かのトリックに決まってる」
「そうなんですかい、」
「あの小僧も魔法を撃つような勢いだったが、本当は魔法なんて使えないのさ。俺が止めて、逆にほっとしたんじゃねえのか」
ペシャルは、嫌味な笑いを浮かべた。
「あ、でもペシャル様の傷を一瞬で治したんですってね?」
その問いに、ペシャルは答えなかった。
急に静かになったペシャルは、ジョッキの酒を喉に流し込んだ。
最後まで一気に飲むと、テーブルに乱暴に叩きつけた。
(あんな危ねえ連中、生かしておくわけにはいかねえな・・・悪いが、死んでもらうぜ)
皆が酒でテンションが上がる中、その場に一人、苦虫を噛んだ顔の男がいた。
その男は自分のボスながら、アレン達を騙した汚いやり方に怒りがわいていた。
男は怒りに任せて酒をあおった。
しかし、いくら酒を飲んでも、周りの連中が酔えば酔う程にその男は酔えないでいた。
男は、ふと目の前を通り過ぎる男の腕をつかんだ。
「ん、なんだ?」
「あの金を渡した連中に船を手配したの、お前だよな」
「ああ、そうだけど」
「どの船を渡した?」
「次の漁で廃船にしようかって言ってた船だ。ペシャル様にそう言われてたからな。何かあるのか?」
「・・・やっぱりそうか」
男はつかまれた腕を振り払い、立ち去ろうとした。
しかし、追いかけられ今度は肩をつかまれた。
「おい、なんだよ!まだ何か用か、」
「奴らは船でどこへ向かった?」
「北大陸だ。海流のことは、ちゃんと教えてやったぜ」
「北大陸・・・」
男は去ろうとした。
「待て!お前、ヴェルテクスの大渦のことは教えたのか!」
「いや、それは言わなかった」
ガッシャーン!
男はアレン達に船を渡した男の胸ぐらをつかみ、テーブルを倒しながら酒場の壁に押し付けた。
食事が入った皿が割れる大きな音がしたが、周りの連中はチラリと見るだけで無関心だった。
「なんだよ!」
「なぜだ、なぜ言わなかった!あれに巻き込まれて、生きて帰った奴はいない!お前も知ってるだろ!」
「ああ、知ってるとも、」
「じゃ、なんで奴らに教えなかったんだ!」
「教えるなって、言われたんだよ」
「誰に!」
「ペシャル様だ」
アレン達は、順調に航海を続けていた。
あの船を渡した男が言った通り、穏やかな晴天が続き、海が荒れることは一度もなかった。
朝晩はかなり冷えてきたが、昼間はまだ暖かい。
ギルは舵を取りながら、あの日の夜のことを思い出していた・・・
夜食を食べ終わり、船室のドアを開けるとアレンとサリヤがいた。
船室の窓明かりが、船尾にいる4人を照らした。
アレンとサリヤの目は、赤くなっている。
「ギル、」
「アレンさん、元気になりましたか?」
「心配かけて悪かったな。もう大丈夫だ」
「良かった、」
ギルは、ニッコリ微笑んだ。
舵を握っていたアクロスは、少し間をあけてアレンに言った。
「アレン、教えてくれないか。ライの村で何があったのか」
「ああ、お前達にも話さないとな」
「ぜひ教えてくれ」
アレンは頷いた。
「あの村には、俺の母親の墓があったんだ」
「なっ!」
「アッ、アレンさんの・・・お母さんのお墓・・・ですか・・・」
アレンの衝撃発言に、ギルとアクロスは動けなくなった。
「墓には何と彫ってあったんだ?」
「見てない・・・」
「・・・」
と言うか、アレンは見れなかった。
自分の事が明らかになれば、今までの自分が自分で無くなるような、
そんな危機感を、あの時とっさに感じたからだ。
「10年前に船で来て、その後すぐ村の教会で死んだみたいだ」
「どうして、お母さんだとわかったんです?」
アレンは首飾りを触った。
「俺と同じ首飾りをしていたらしい・・・」
ギルとアクロスは、顔を見合わせた。
「これは、じっちゃんにもらったものだ。滅多に無いものだから大切にするように言われてた」
アクロスは、申し訳なさそうな顔でアレンに尋ねた。
「アレン、こう言うのはなんだが、たまたま同じ首飾りだったってこともあるんじゃないのか?」
アレンは首飾りを外し、アクロスに渡した。
「その首飾りについてる小さな金属の裏に、紋章みたいなのが彫ってあるだろ」
「確かに。これは、何の紋章だろう?」
ギルは覗き込むように見た。
丸の中に三角形と、下向きの三角形を重ねたものが刻まれてある。
「これは紋章というより、記号というか、照合のようなものじゃないでしょうか」
「俺は見たんだよ、それと同じ形を」
「どこでですか?」
「ウォルタ城の中」
「ウォルタ城の?」
「お城の中のどこで見ましたか、アレンさん」
「壁に彫ってあった。階段に飾ってある絵の上の壁だ」
「その絵は、どんな絵ですか?」
アレンは顔を上げた。夜空は満天の星だ。
そのダイヤモンドの輝きに照らされて、4人を乗せた船は静かに北へ進んでいた。
音が無い、静寂の夜。
「髭を生やして、王冠を付けた男の絵だ」
こんな深い夜の空を、あの墓の中の人もどこかで見ていたのだろうか。
もしかしたら、同じ時に同じ空を見ていたかも知れない。
聞けるなら、聞いてみたい。
どんな思いで、世界を旅していたのか・・・
「アクロス、その首飾りは特別なんだよ。それが、たまたま同じだったなんて・・・そんな事、あり得ると思うか」
「そうだな・・・」
アクロスは、アレンに首飾りを返した。
アレンは受け取ると、そっと首飾りを握りしめた。
「腹減ったな。メシでも食ってくる」
アレンは、船室の中に入っていった。
バタンとドアが閉まった。
サリヤはアレンが話しをしている間、ずっと黒い海を見ていた。
あたしは、アレンの事を何も知らない。
それはアレンが言わないから、って思ってた。
けど、アレンは自分のことを知らなかったんだ。
自分が何者であるのかさえも・・・
「アクロスさん、もしかしてアレンさんは、ウォルタの王子・・・ですかね」
「どうかな。少なくとも俺が城勤めをしている時には、そんな話し聞いたことがない」
「ですよね。僕も全然知らないですし、」
「ウォルタにはアクタという王子がいたはずだ。病死したと聞いているがな」
サリヤが、ポツリとつぶやいた。
「アレン言ってた。小さい頃からずっと、おじいさんと旅してたんだって」
「アレンさんがもし王子なら、お城で贅沢な暮らしが出来たはずですけどね、」
「もしかして、城の中でアレンが王子だと都合の悪い事でもあったのかもな」
「それで、お城を追い出されたってことですか?」
「いや、あくまで想像だ」
「・・・」
ギルは軽くため息をついた。
「もう、何が何だか分かんなくなってきましたね」
「でも、アレンがお母さんだって言うのは、間違いないと思うわ」
「どうしてそう言えるんだ?」
「親子の血って、そういうもんだよ。自分の親のこと、絶対間違えない」
「まあ、確かにそうだな」
「ねぇ、」
サリヤはクルりと向きを変え、ギルとアクロスに向かって言った。
「なんだ?」
「アレンがどんな人であっても、あたし達これまでと同じだよね?」
アクロスは、ギルの肩をポンと叩いて言った。
「アレンが何者であろうと、そんなこと関係ない。なあギル」
「ええ、そうです。心配しなでください、サリヤさん。何も変わりませんから」
サリヤは、ニコっと微笑んだ。
「この旅が終わったらさ、皆でお墓参りに行こうよ」
「ああ、そうだな」
「ぜひ行きましょう!」
「さぁて、あたしもゴハン食べてこよっと、」
サリヤは、船室に入った。
「ギル、」
「なんですか、アクロスさん」
「もしアレンがウォルタの王子だとすると、気になることがあるな、」
ギルはビクっとなり、目が覚めた。
あまりの穏やかな天気に、瞬間的に寝ていたようだ。
ブルブルと顔を横に何度か振った。
「気になることか、」
舵から手を離し、身体を動かした。
まだ眠気の残る身体に刺激を与えた。
うーんと背伸びをしたとき、船が斜めに加速した。
「おっと、」
よろけたが、反射的に舵を持った。
(潮の流れが変わった?おかしいな、まだ北へ流れているはずだけど・・・)
顔にあたる風が、さっきより強くなっている。船はスピードを上げていた。
アクロスが船室から出てきた。
「今揺れたが、何かあったのか?」
「アクロスさん、ちょっと舵を持ってもらえますか」
「わかった、」
ギルは船首に出て海の様子を見に行こうとした、その時、
耳にゴォーっという音が聞こえた。
「あっ、あれは!」
それは夢でも見ているのかと思えるほど、信じられない光景だった。
まるで海の中に発生した竜巻だ!
巨大な大渦が、物凄い回転をしながら渦の中心へと海水を巻き込んでいた!
「これはヤバい!」
ギギギーッ
木が軋む音を発して、船は大渦へと引き込まれていく!
ギルは転ぶように甲板を走り、船室のドアを開けた!
「アッ、アレンさん!大変です!」
ギルの凄い声にアレンは飛び起きた。
「どうした、ギル!」
「渦です!大渦に船が巻き込まれています!」
「なんだと!」




