65 アクロスのスープ
夜が訪れた。
明日の戦いに備えて、アレン達は早めに就寝した。
アレンは眠れずに、腕を組んで部屋の天井を見ていた。
ふと、人の動く気配がした。
アレンは起き上がり、部屋の窓の下からそっと外を見ると、アクロスが宿屋から出て行くのが見えた。
(あいつ、どこへ行くんだ?)
気になったアレンは、窓から顔を出し声をかけた。
「おーい、アクロス、どこへ行くんだ?」
アクロスは立ち止まった。そして、後ろを見ずに答えた。
「この町の武器屋に行って、明日の戦いで何か使えそうなものがあれば買ってくる」
「俺も行こうか?」
「いや、俺一人でいい。アレンはゆっくり休んでくれ」
「うーん、そうか。じゃ、気をつけてな」
アクロスは後ろ手に手を振って、そのまま町灯りの方へに消えた。
翌朝、よく晴れた。
寝起きのアレンが、あくびをしながら階段を降りていると、いい匂いがした。
匂いの元をたどっていくと、厨房にアクロスがいた。
「アクロス、こんな所で何してんだ?」
「アレン、起きたのか。今日の戦いに備えてスタミナがつくものをと思ってな。宿屋に無理言って、厨房を使わせてもらってるのさ」
アクロスは、鍋で何かを煮ている。
「へぇー、そりゃ楽しみだ」
アレンは食べる気満々で、そのままテーブルに座った。
「もう少し待ってくれ」
アクロスが鍋の中をくるくるかき回していると、ギルも厨房に顔をだした。
「何か凄く美味しそうな匂いがしますね、」
「ギル、お前も匂いに釣られてきたな。アクロスが俺達のために、料理を作ってるところだ」
「おー、それはありがたい!」
ギルはニコニコ顔で、アレンの横に座った。
「さあ、出来たぞ」
アクロスは鍋から皿に料理を入れて、アレンとギルの前に置いた。皿から湯気が立っている。
「さあ食べてくれ。鶏肉入り特製スープだ」
「うは、これは旨そう!」
アレンとギルはスプーンを取り、アクロス手作りのスープを飲んだ。
「うめえ!」
「アクロスさん、これは超絶絶品です!」
「よかった。俺の地元のカースに古くから伝わる料理だ」
「おかわりはあるのか?」
「もちろんだ。たくさん飲んでくれ」
アレンとギルは、鶏肉のうま味がしみ出した熱々のスープをグイグイと飲んだ。
「ギル、朝から贅沢な食事だぞ、これは」
アレンはスープを飲みながら言ったが、ギルの返事は無かった。
「ギル、どうした。旨すぎて返事出来ないのか?」
カラン、
ギルの手からスプーンが落ちた。
「おい、どうしたギル、」
ガシャーン
ギルはそのままスープの入った皿に顔ごと突っ込んだ。
その勢いで皿は半分に割れた。
「ギル!どうした!」
アレンはギルを引き起こした。
ギルの額が切れ、血が流れている。
「ギ・・・ル・・・」
バターン、
ギルを引き起こしたアレンは、その姿勢のまま椅子から落ち、厨房の床に倒れ込んだ。
アクロスは鍋の火を消し、新しい皿にスープを入れた。
湯気の上がる皿を持ち、階段を登ってサリヤがいる部屋をノックした。
「はい、」
「俺だ、アクロスだ。開けてもいいか?」
「どうぞ、」
アクロスは、サリヤがいる部屋のドアを開けた。
「いい匂いがすると思ったら、それなのね」
「俺が作った特製スープだ。ぜひ、飲んでくれ」
「いいの、嬉しい!」
「アレン達も下で飲んでるよ」
アクロスは、スープの入った皿とスプーンをサリヤに渡した。
「ありがとう!うーん、美味しそうな匂い!」
「また出発するときに声をかけるよ」
「はーい、」
アクロスはドアを閉めた。
そのまま廊下を歩き、ギルの部屋のドアを開けた。そして、荷物から水の古文書を取り出した。
(アレン、すまん。これは、俺一人にやらせてくれ)
アクロスは、水の古文書を自分の荷物に入れ宿屋を出た。
「あなた一人ですか?」
サランの城に到着したアクロスを、グレアが出迎えた。
「そうだ」
「わざわざ一人で死にに来るとは、可哀そうな人ですね」
「ここで一戦交えるのか?」
「まさか。昨日も言ったでしょ、あなた達と戦うのはサラン様ですよ」
「そうか、」
アクロスが城の中に入ろうとすると、グレアは腕を伸ばして止めた。
「持ってきたんでしょうね、例の本」
アクロスは荷物の中から、水の古文書を見せた。
「いいでしょう。では、サラン様が待つ覇王の間へどうぞ」
グレアと背後にいるウエアウルフは、アクロスが行くための道を開けた。
ウエアウルフが唸り声を上げる中、アクロスは覇王の間へ向かった。
ギーっと音を立てて、大きな両開きのドアを開けると、奥に少年らしき後ろ姿が見えた。王の椅子も何もない大きな広い空間だったが、天窓があり部屋の明るさは確保されている。
アクロスは大きな声で叫んだ。
「俺はアクロス。サランに会いに来た。サランはどこにいる?」
「お前の前にいるではないか」
少年は反転し、アクロスの方を向いた。
「まさか、貴様がサランか、」
その姿は人間で、10歳くらいの少年だった。
「姿は人間の子供だが、中身は全く違うぞ」
「そうか。なら遠慮なく殺させてもらおう」
アクロスは背中のアッシュ・ノワールを手に持った。
「その前に、本は持ってきたか?」
「ここにある」
アクロスは、荷物から水の古文書を出し、サランに見せた。
「いいだろう、」
「貴様は、なぜ古文書を集めているんだ?」
「お前達は何も知らずに、この本を集めているというのか?」
「ドラゴンオーブを見つけるためではないのか?」
「ドラゴンオーブ?なんだ、それは」
アクロスは首を横に振った。
「いかん、いかん。俺としたことが、喋り過ぎたようだ」
「なるほど。お前達は、この私も知らぬことを知っているようだな。私が集めているのは、世界を制する程の凄いチカラが手に入ると知ったからだが、どうやらお前達は違うようだ」
「世界を制するチカラ?何だそれは」
「ククク、増々この本に興味が湧いてきたぞ」
「それは残念だったな。俺が貴様の持つ本をいただくとしよう。それをアレン達への手土産にする」
サランは、手に持っている古文書を床に置いた。
「なぜ一人で来た?報告ではお前達は4人のはずだが?」
「俺一人で十分だからだ」
「気は確かか?」
「なら言ってやろう。俺がアレンのパーティーに入ったのは、古文書集めが目的じゃない」
「では、何だ」
「貴様を殺すためさ」
「ほお、」
「貴様はイグリシアにカース城侵略を命じただろう。奴は死ぬ間際に、お前の名を吐いたぞ」
「なるほど、お前はカース城の生き残りか。となると、イグリシアは殺されたのだな」
「俺が止めを刺したのさ」
「それで、カース城に対する報復に来たのか」
「報復?違うな。俺の妻と息子は、イグリシアによって殺された。妻は牢屋で殺され、息子はイグリシアに血を吸われて死んだ・・・これは復讐だ。妻と息子の仇、ここで取らせてもらう!」
アクロスは、グッとアッシュ・ノワールを持つ手に力を込めた。
「イグリシアのバカめ。カース城は古い城だから、本が隠されていると言うから行かせてやったのに。全く役立たずな奴だ」
「貴様もイグリシアの後を追わせてやろう」
「そうか。いかにお前が威勢だけの生き物か、私が証明してやろう。さあ、かかってくるがいい」
アクロスは、ゆっくりとサランに歩いて近づいていった。
サランとの距離が縮まっていったが、サランは微動だにしなかった。
斧を一振りすればサランを切り裂ける距離まで近づいて、アクロスは止まった。
「遠慮はいらんぞ」
サランの姿は人間の子供の姿。アクロスは、持ち上げた斧を振り下ろせなかった。斧を持つ手は、プルプルと震えた。
「どうした?攻撃してこないのか?」
「貴様、汚いぞ!人間の姿はやめて、本来の魔物の姿になったらどうだ!」
「私が人間の子供だから斬れないというのか。お前、その程度でよく私に挑んできたな。情けない奴め」
サランは、アクロスの顔面に手のひらを突き出した!
ドカーーン!
爆発が起こり、アクロスは入り口の壁まで吹っ飛ばされた!
「ぐあぁ、」
壁に叩きつけられたアクロスは、そのままズルっと下に落ちた。
「もう終わりか。最低の奴だったな」
サランがくるっと後ろを向くと、アクロスが立ち上がった。
「この程度で勝った気になるとは、」
サランは、アクロスを方を向いた。
「ほう、立ち上がったか。さあ、かかってこい」
「言われなくても、いくぞ!」
アクロスは凄いスピードでサランに向け突っ込んだ。
「うおおぉ!」
素早く間合いを詰め、サランに向けアッシュ・ノワールを振り下ろした。
「もう迷いはない!死ねえぇ!」
サランは素早く魔法障壁を展開したが、アクロスの斧はそれを突き破った!
左肩から右下腹まで、アッシュ・ノワールはサランに深く斬り込んだ!
完璧に致命傷となる一撃だったが、サランは全く平気だった。
「どうした、それで終わりか」
「ばっ、ばかな・・・確かな手応えがあったのに、」
サランを見ると傷ひとつついていないどころか、着ている服も斬れていない。
「あっ、あり得ない・・・」
ドカッ!
「ぐはぁっ」
アクロスは、サランに蹴飛ばされた。
サランのキックは、アクロスのみぞおちに深くめり込んだ!
床をゴロゴロと転がり、入り口近くまで転がった。アクロスはうめき声をあげながら、左手で蹴られた腹を押さえていた。うつ伏せになったまま、起き上がれない。
サランはコツコツと靴音を響かせ、アクロスにゆっくり近づいた。
手を空中に伸ばすと、何もない空間から黒い剣がスーっと現れた。
「弱い。あまりにも弱いぞ、人間」
「くっ、」
アクロスは、立ち上がろうとした。
「この闇剣オプスキュリテで、あの世に送ってやろう」




