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激流の中で  作者: 清水京太郎
第6章 炎の魔人
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52 虫に賭ける

 アレンは、朝出た宿屋の扉を叩いた。もう何の音もしない真夜中だ。アレンが扉を叩く音だけが、深夜の港町に響いた。

 何度か叩いてると、中で明かりが点いたのが分かった。

 

 「誰だい、こんな夜中に」

 

 「昨日まで泊ってた俺達だよ」

 

 宿屋の扉が開き、手にランプを持った宿屋の女将が顔を出した。

 

 「おや、あんた達テンプ村へ行ったって町の人から聞いたけど、行かなかったのかい?」

 

 その問いに、誰も答えなかった。

 

 「悪いが、今日も泊めてくれないか」

 

 「構わないけど、今までどこで何してたんだい?」

 

 その問いにも、誰も答えなかった。

 宿屋の女将は、アレン達を中に入れた。ギルは、4人分の料金を支払おうとした。

 

 「時間も遅いし、宿代は明日でいいよ」

 

 同じ部屋の鍵を受け取り、4人はそれぞれの部屋で荷物を降ろした。

 そして、まるで決められたようにアレンの部屋に集まった。

 だが、サリヤが来ない。

 

 「ギル、サリヤがどうして来ないのか知ってるか?」

 

 「サリヤさん、部屋で泣いてました」

 

 「・・・そうか」

 

 これまで困難な状況の中でも、それを克服し前へ進んできた。

 だが、今回は負けた。

 神に選ばれた自分達が、負けるはずなど無い。皆そう思っていた。

 

 しかし、負けた・・・

 

 

 「じゃ、来るまで待とう」

 

 アレンは部屋の窓を開け、夜の風を受けた。

 

 

 「ごっ、ごめん。荷物の整理をしてたら遅くなった」

 

 赤い目をしたサリヤが、アレンの部屋に入り座った。

 

 「よし、話しを始めるか」

 

 早速アクロスが、口火を切った。

 

 「アレン、やっぱり辞めたガイドを捕まえて、白状させるのが一番早くて確実な方法だと思う」

 

 「そうかも知れねえ。だが、」

 

 「何だ」

 

 アレンは、アクロスの方を向いた。

 

 「これは俺達だけでやり遂げる仕事だ。一般民は巻き込みたくない」

 

 「そこまで拘らなくてもいいんじゃないか?ちょっと聞くだけだぞ」

 

 「喋らなかったらどうするんだ。わかりましたって引き下がるのか?」

 

 「そこは誠意を持って説得するしかない」

 

 「アクロス、俺達は神に選ばれた4人だぜ。そんな無様なマネはしたくないのさ」

 

 「それは、お前の美学か?」

 

 「そうだな、俺のスタイルだ」

 

 アクロスは、ため息をついた。

 

 「お前がそう言うなら仕方ない。だが、これだけは言っておく。お前はパーティーのリーダーとして、メンバーの命を預かっている。お前の判断次第で、全滅もあり得るってことを忘れるな」

 

 「肝に銘じておくよ」

 

 

 少しの沈黙を置いて、ギルが口を開いた。

 

 「あの砂漠を越えることが、ここまで難しいとは思ってもみませんでした」

 

 「しかしアレン、何の解決策も無いまま、また砂漠に行くわけにはいかないだろう」

 

 アレンは座り、目線を合わせた。

 

 「俺は、明日また砂漠へ行く」

 

 「本気か」

 

 「ああ、本気さ」

 

 アクロスは、サリヤとギルの顔を見た。

 

 「サリヤ、ギル、アクロス。俺がお前達にいう事は、一言だけだ」

 

 皆が、アレンに注目した。

 

 「俺を信じて、ついてきてくれ」

 

 その発言に、アレンを除く3人は互いを見ていた。

 

 サリヤは、立ち上がった。

 

 「さて、明日も早いんだし、あたしは寝るね」

 

 そう言って、部屋を出て行った。

 

 「じゃ僕も寝るとします。皆さん、おやすみなさい」

 

 ギルも立ち上がり、部屋を出た。

 アレンは、アクロスの顔を見た。

 

 「アレン、俺は行かないかもしれないぞ」

 

 「ああ、それはあんたの自由だ。強制はしないよ」

 

 アクロスは、アレンの肩を叩いた。

 

 「冗談だよ」

 

 後ろ手で手を振りながら、アクロスは部屋を出た。

 

 誰もいなくなった部屋で、アレンは窓から腕を突き出し、輝く星を手のひらでギュッと握った。

 

 「賢者め、砂漠で俺達を痛い目に合わそうとしたな。まあ、まんまとやられたけどな」

 

 アレンは、不敵に笑った。

 

 「だが、見てろよ。明日は必ず砂漠を越えてやるぜ。お前の企みは、俺達には無駄だったことを教えてやるよ」

 

 

 

 一夜明けた。

 4人は、昨日と同じように揃っていた。

 

 「ギル、宿代は支払ったのか?」

 

 「カウンターに女将さんがいなかったので、4人分のお金を置いてきましたよ、アクロスさん」

 

 「いない?どうしたんだ」

 

 「夜中に俺に起こされたせいで、まだ寝てるのさ」

 

 アレンは、昨日と同じように宿屋の屋根を見上げた。

 人の気配は全くしない。

 

 「さて、行こうか」

 

 アレン達は、2度目の砂漠へ歩き始めた。

 

 

 

 前回と同じように森を抜け、前回と同じように焚き火をした。

 違っていたのはただひとつ。誰も話しをしない事だった。

 

 そして、同じように快晴の朝を迎えた。

 アレン達は、砂漠と森の境界線に立っていた。いつしか4人は、前回と同じように手を繋いでいた。

 

 アレンは踏み出した。それに続きサリヤ、ギル、アクロスも砂漠へと進んだ。

 一陣の風が吹いた。サリヤの白い髪が、風に吹かれて揺れた。

 

 「さあ、俺達で賢者の鼻を明かそうぜ」

 

 

 

 

 振り返ると、森の木は見えなかった。

 ギルは空を見上げた。昨日と同じように、いつしか厚い雲に覆われている。

 

 (朝は快晴で期待を持たせ、森が見えなくなる頃に太陽も見えなくなる・・・

  昨日と全く同じだなんて、そんな事あり得るのか

  もしかして、わざとそうしているのか、

  神はどこかで、砂漠の迷路に迷う僕達を嘲笑っている・・・)

  

 ギルは考えるほどに、怒りが込み上げてきた。

 腰の革袋からコンパスを取り出した。針はピタっと方位を示していた。

 

 「くそっ、でたらめを教えやがってー!」

 

 ギルは叫び、コンパスを砂漠へ思いっきり投げつけた。

 その時、ギルの前方に砂を飛ばして、ヴェールドゥテールが現れた。

 

 「お前なんか意味ないんだよ!はあぁ!」

 

 ドカーーン!

 

 ギルは一瞬で爆発の魔法を放った。ヴェールドゥテールは木っ端みじんになった。飛び散った肉片や体液を浴びて、ギルの顔は紫色になった。顔に流れる魔物の体液を気にもせず、ギルは全身を震わせていた。サリヤは荷物から布を取り出し、ギルの顔を拭いた。

 

 その姿を見て、アクロスは思った。

 

 (感情を抑えることが出来ない。神に匹敵するちからを持ってるとは言え、中身はまだ未熟な子供か・・・)

 

 アレンは、ギルが投げつけたコンパスを拾った。

 

 「落ち着けよ、ギル。こいつは先々でまだ必要だろ」

 

 アレンがギルにコンパスを渡そうとしたとき、黒い点のようなものがコンパスの上を走った。

 

 「うわぁ!」

 

 アレンは思わず手を引っ込め、コンパスを砂に落としてしまった。

 

 「ちょっと、何やってんのよ」

 

 「いま、小さいゴキブリのような虫が走ったんだよ」

 

 「ゴキブリ?」

 

 サリヤはコンパスを拾ってよく見たが、何もいない。

 

 何もいないじゃないのよ、と言おうとしたとき、砂の上に点々のような黒いつぶが動いているのが見えた。

 サリヤは荷物を降ろし、砂の上に目を近づけてよく見ると、黒い小さな虫が魔物の肉片を後ろ足で転がしていた。

 その虫の行列は一直線に並んでいる。まるで一本の黒い線のように。

 

 「ねね、アレン、この虫かわいいよ!ほら、後ろ足で自分達のエサを転がして運んでるの」

 

 「サリヤ、俺達が生きるか死ぬかってときに、虫なんてどうでもいいだろ」

 

 サリヤを見てギルも砂に四つん這いになり、砂に目を近づけて見た。

 

 「ほんとだ。よく後ろに進めるなー」

 

 その言葉に、アクロスも目を砂に近づけて見た。

 

 「こんな小さな虫、普通は見つけられないぞ」

 

 その様子を見て、アレンは大きくため息をついた。

 

 「お前らさ、虫なんてどうでもいいっつの」

 

 ギルとアクロスは見るのを止めたが、サリヤ相変わらずニコニコしながら虫を眺めていた。

 

 「アレン、これからどうする?」

 

 アレンは、再び決断を迫られた。うーんと腕組みしながら、考えるアレン。

 追い詰められたアレンだが、ふとサリヤを見ると、全く違う世界のお花畑にいるようで、なにか無性に腹立たしくなってきた。

 

 「サリヤ、お前が進む方向を決めろよ」

 

 「えっ、あたし?」

 

 「そう、お前が決めるんだ」

 

 「ちょっと、なんであたしなのよ」

 

 「お前は砂漠の謎を解く、俺はそう信じてるぜ」

 

 「何よ、それ。テキトーな事言ってるだけじゃない」

 

 アレンは、曇った空を見上げた。

 その態度にサリヤはカチンときたが、ギルとアクロスは期待の眼差しでサリヤを見ていた。

 

 「ちょ、ちょっと、そんな目で見るのやめてよね」

 

 サリヤは現実逃避すべく、魔物の肉片を転がしてる虫を見ていた。

 

 (あー、なんか癒される・・・このままこの虫をずっと見ていたいな・・・)

  

 虫を見ていたサリヤは、ある事に気が付いた。

 砂から湧き出てきた虫はたくさんいるが、どの虫も同じ方向に一列になっている。

 

 (これって、もしかして同じ方に向かっている?)

 

 その時、サリヤに向けて風が吹いた。サリヤは、顔の正面で風を感じた。サリヤの白い髪は、風の吹き抜けと共に揺れる。

 

 (確か、森から砂漠へ踏み出したときも風が吹いた・・・

  あの時は顔の左側、つまり東

  今吹いた風が、もし同じ方向から吹いたとすれば、あたしの右側が南になる)

 

 黒く小さな虫達は、サリヤの左から右へ、真っすぐ一直線に進んでいる。

 

 「アレン、決めた」

 

 「えっ?」

 

 「進む方向を決めたって言ってるの」

 

 「まじか、」

 

 「ええ、進む方向はこっちよ」

 

 サリヤは右腕を突き出し、人差し指で進むべき方向を指差した。

 

 「砂漠の謎が解けたのか!」

 

 「サリヤさん、どうしてわかったんですか!」

 

 興奮して、アクロスとギルが聞いてきた。

 

 「あたしの勘よ」

 

 「えっ、勘?」

 

 「サリヤ、謎を解いたんじゃないのか?」

 

 アレンは、急に不安になって尋ねた。

  

 「あら、アレン。あたしに決めさせるんじゃなかったの?」

 

 「それは、そうだけど・・・」

 

 「じゃあ、あたしのいう事に従ってよね」

 

 アレンは、言い返すことが出来ない。

 

 

 「さあ、アレン。どうするのよ!」

 

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