52 虫に賭ける
アレンは、朝出た宿屋の扉を叩いた。もう何の音もしない真夜中だ。アレンが扉を叩く音だけが、深夜の港町に響いた。
何度か叩いてると、中で明かりが点いたのが分かった。
「誰だい、こんな夜中に」
「昨日まで泊ってた俺達だよ」
宿屋の扉が開き、手にランプを持った宿屋の女将が顔を出した。
「おや、あんた達テンプ村へ行ったって町の人から聞いたけど、行かなかったのかい?」
その問いに、誰も答えなかった。
「悪いが、今日も泊めてくれないか」
「構わないけど、今までどこで何してたんだい?」
その問いにも、誰も答えなかった。
宿屋の女将は、アレン達を中に入れた。ギルは、4人分の料金を支払おうとした。
「時間も遅いし、宿代は明日でいいよ」
同じ部屋の鍵を受け取り、4人はそれぞれの部屋で荷物を降ろした。
そして、まるで決められたようにアレンの部屋に集まった。
だが、サリヤが来ない。
「ギル、サリヤがどうして来ないのか知ってるか?」
「サリヤさん、部屋で泣いてました」
「・・・そうか」
これまで困難な状況の中でも、それを克服し前へ進んできた。
だが、今回は負けた。
神に選ばれた自分達が、負けるはずなど無い。皆そう思っていた。
しかし、負けた・・・
「じゃ、来るまで待とう」
アレンは部屋の窓を開け、夜の風を受けた。
「ごっ、ごめん。荷物の整理をしてたら遅くなった」
赤い目をしたサリヤが、アレンの部屋に入り座った。
「よし、話しを始めるか」
早速アクロスが、口火を切った。
「アレン、やっぱり辞めたガイドを捕まえて、白状させるのが一番早くて確実な方法だと思う」
「そうかも知れねえ。だが、」
「何だ」
アレンは、アクロスの方を向いた。
「これは俺達だけでやり遂げる仕事だ。一般民は巻き込みたくない」
「そこまで拘らなくてもいいんじゃないか?ちょっと聞くだけだぞ」
「喋らなかったらどうするんだ。わかりましたって引き下がるのか?」
「そこは誠意を持って説得するしかない」
「アクロス、俺達は神に選ばれた4人だぜ。そんな無様なマネはしたくないのさ」
「それは、お前の美学か?」
「そうだな、俺のスタイルだ」
アクロスは、ため息をついた。
「お前がそう言うなら仕方ない。だが、これだけは言っておく。お前はパーティーのリーダーとして、メンバーの命を預かっている。お前の判断次第で、全滅もあり得るってことを忘れるな」
「肝に銘じておくよ」
少しの沈黙を置いて、ギルが口を開いた。
「あの砂漠を越えることが、ここまで難しいとは思ってもみませんでした」
「しかしアレン、何の解決策も無いまま、また砂漠に行くわけにはいかないだろう」
アレンは座り、目線を合わせた。
「俺は、明日また砂漠へ行く」
「本気か」
「ああ、本気さ」
アクロスは、サリヤとギルの顔を見た。
「サリヤ、ギル、アクロス。俺がお前達にいう事は、一言だけだ」
皆が、アレンに注目した。
「俺を信じて、ついてきてくれ」
その発言に、アレンを除く3人は互いを見ていた。
サリヤは、立ち上がった。
「さて、明日も早いんだし、あたしは寝るね」
そう言って、部屋を出て行った。
「じゃ僕も寝るとします。皆さん、おやすみなさい」
ギルも立ち上がり、部屋を出た。
アレンは、アクロスの顔を見た。
「アレン、俺は行かないかもしれないぞ」
「ああ、それはあんたの自由だ。強制はしないよ」
アクロスは、アレンの肩を叩いた。
「冗談だよ」
後ろ手で手を振りながら、アクロスは部屋を出た。
誰もいなくなった部屋で、アレンは窓から腕を突き出し、輝く星を手のひらでギュッと握った。
「賢者め、砂漠で俺達を痛い目に合わそうとしたな。まあ、まんまとやられたけどな」
アレンは、不敵に笑った。
「だが、見てろよ。明日は必ず砂漠を越えてやるぜ。お前の企みは、俺達には無駄だったことを教えてやるよ」
一夜明けた。
4人は、昨日と同じように揃っていた。
「ギル、宿代は支払ったのか?」
「カウンターに女将さんがいなかったので、4人分のお金を置いてきましたよ、アクロスさん」
「いない?どうしたんだ」
「夜中に俺に起こされたせいで、まだ寝てるのさ」
アレンは、昨日と同じように宿屋の屋根を見上げた。
人の気配は全くしない。
「さて、行こうか」
アレン達は、2度目の砂漠へ歩き始めた。
前回と同じように森を抜け、前回と同じように焚き火をした。
違っていたのはただひとつ。誰も話しをしない事だった。
そして、同じように快晴の朝を迎えた。
アレン達は、砂漠と森の境界線に立っていた。いつしか4人は、前回と同じように手を繋いでいた。
アレンは踏み出した。それに続きサリヤ、ギル、アクロスも砂漠へと進んだ。
一陣の風が吹いた。サリヤの白い髪が、風に吹かれて揺れた。
「さあ、俺達で賢者の鼻を明かそうぜ」
振り返ると、森の木は見えなかった。
ギルは空を見上げた。昨日と同じように、いつしか厚い雲に覆われている。
(朝は快晴で期待を持たせ、森が見えなくなる頃に太陽も見えなくなる・・・
昨日と全く同じだなんて、そんな事あり得るのか
もしかして、わざとそうしているのか、
神はどこかで、砂漠の迷路に迷う僕達を嘲笑っている・・・)
ギルは考えるほどに、怒りが込み上げてきた。
腰の革袋からコンパスを取り出した。針はピタっと方位を示していた。
「くそっ、でたらめを教えやがってー!」
ギルは叫び、コンパスを砂漠へ思いっきり投げつけた。
その時、ギルの前方に砂を飛ばして、ヴェールドゥテールが現れた。
「お前なんか意味ないんだよ!はあぁ!」
ドカーーン!
ギルは一瞬で爆発の魔法を放った。ヴェールドゥテールは木っ端みじんになった。飛び散った肉片や体液を浴びて、ギルの顔は紫色になった。顔に流れる魔物の体液を気にもせず、ギルは全身を震わせていた。サリヤは荷物から布を取り出し、ギルの顔を拭いた。
その姿を見て、アクロスは思った。
(感情を抑えることが出来ない。神に匹敵するちからを持ってるとは言え、中身はまだ未熟な子供か・・・)
アレンは、ギルが投げつけたコンパスを拾った。
「落ち着けよ、ギル。こいつは先々でまだ必要だろ」
アレンがギルにコンパスを渡そうとしたとき、黒い点のようなものがコンパスの上を走った。
「うわぁ!」
アレンは思わず手を引っ込め、コンパスを砂に落としてしまった。
「ちょっと、何やってんのよ」
「いま、小さいゴキブリのような虫が走ったんだよ」
「ゴキブリ?」
サリヤはコンパスを拾ってよく見たが、何もいない。
何もいないじゃないのよ、と言おうとしたとき、砂の上に点々のような黒いつぶが動いているのが見えた。
サリヤは荷物を降ろし、砂の上に目を近づけてよく見ると、黒い小さな虫が魔物の肉片を後ろ足で転がしていた。
その虫の行列は一直線に並んでいる。まるで一本の黒い線のように。
「ねね、アレン、この虫かわいいよ!ほら、後ろ足で自分達のエサを転がして運んでるの」
「サリヤ、俺達が生きるか死ぬかってときに、虫なんてどうでもいいだろ」
サリヤを見てギルも砂に四つん這いになり、砂に目を近づけて見た。
「ほんとだ。よく後ろに進めるなー」
その言葉に、アクロスも目を砂に近づけて見た。
「こんな小さな虫、普通は見つけられないぞ」
その様子を見て、アレンは大きくため息をついた。
「お前らさ、虫なんてどうでもいいっつの」
ギルとアクロスは見るのを止めたが、サリヤ相変わらずニコニコしながら虫を眺めていた。
「アレン、これからどうする?」
アレンは、再び決断を迫られた。うーんと腕組みしながら、考えるアレン。
追い詰められたアレンだが、ふとサリヤを見ると、全く違う世界のお花畑にいるようで、なにか無性に腹立たしくなってきた。
「サリヤ、お前が進む方向を決めろよ」
「えっ、あたし?」
「そう、お前が決めるんだ」
「ちょっと、なんであたしなのよ」
「お前は砂漠の謎を解く、俺はそう信じてるぜ」
「何よ、それ。テキトーな事言ってるだけじゃない」
アレンは、曇った空を見上げた。
その態度にサリヤはカチンときたが、ギルとアクロスは期待の眼差しでサリヤを見ていた。
「ちょ、ちょっと、そんな目で見るのやめてよね」
サリヤは現実逃避すべく、魔物の肉片を転がしてる虫を見ていた。
(あー、なんか癒される・・・このままこの虫をずっと見ていたいな・・・)
虫を見ていたサリヤは、ある事に気が付いた。
砂から湧き出てきた虫はたくさんいるが、どの虫も同じ方向に一列になっている。
(これって、もしかして同じ方に向かっている?)
その時、サリヤに向けて風が吹いた。サリヤは、顔の正面で風を感じた。サリヤの白い髪は、風の吹き抜けと共に揺れる。
(確か、森から砂漠へ踏み出したときも風が吹いた・・・
あの時は顔の左側、つまり東
今吹いた風が、もし同じ方向から吹いたとすれば、あたしの右側が南になる)
黒く小さな虫達は、サリヤの左から右へ、真っすぐ一直線に進んでいる。
「アレン、決めた」
「えっ?」
「進む方向を決めたって言ってるの」
「まじか、」
「ええ、進む方向はこっちよ」
サリヤは右腕を突き出し、人差し指で進むべき方向を指差した。
「砂漠の謎が解けたのか!」
「サリヤさん、どうしてわかったんですか!」
興奮して、アクロスとギルが聞いてきた。
「あたしの勘よ」
「えっ、勘?」
「サリヤ、謎を解いたんじゃないのか?」
アレンは、急に不安になって尋ねた。
「あら、アレン。あたしに決めさせるんじゃなかったの?」
「それは、そうだけど・・・」
「じゃあ、あたしのいう事に従ってよね」
アレンは、言い返すことが出来ない。
「さあ、アレン。どうするのよ!」




