51 幻惑の砂漠
踏み込んだ砂の下は地盤が固いようで、靴が砂の埋もれることは無かった。
「足を取られるかと思ったが、これだと歩きやすいな」
「ああ、もっと沈むかと思ってたが、助かるぜ」
アレンとアクロスが会話する横で、ギルは左側の山間から登ってくる太陽を見ていた。
「ギル、なにか気になることでもあるのか?」
「あ、いえ、大丈夫です」
森から見た砂漠は平坦に見えたが、実際に歩くと盛り上がった土の小山があったり、深く窪んだところもあり、まるで時化の海の波のようになっていた。
アレンが後ろを振り返ると、森は小さくなっていた。
「まだ方角は間違っていませんね。このまま真っすぐ歩ければいいのですが」
「後ろの森が見えなくなったとき、本当の戦いの始まりだな」
「アクロス、それは脅しか?」
「まあ、頑張ろうぜ」
ギルはコンパスを出してみた。コンパスの針は、クルクルと回り定まらなくなっていた。
「まだ使えるのか?」
「いえ、もうダメになってます」
「そうか、じゃこのまま真っすぐ歩けることを神に祈ろうじゃないか」
「アレンさんが神って言うの珍しいですね」
「ちょっと頼りたくなったのさ」
少し小高い砂山を登った。アレン達は、後ろを振り返った。もう森は見えなくなっていた。
アレンは砂山の上で立ち止まり、首を動かしてみた。周りは砂と空しかなかった。
「皆、向きを変えるなよ、そのまま真っすぐだ」
「アレン知ってた?あんたって、いつも真っすぐ歩けてないのよね」
「サリヤ、まるで俺の足が曲がってるみたいに聞こえるんだけど」
「そうよ、根性だけじゃなく足も曲がってる」
「なんだとー!」
「本当の事だもん」
「二人とも落ち着いてくださいよ。ここで変に動くと、・・・」
ドドド、
足元の砂が、振動してきた。
アレンは剣を抜き、アクロスは斧を手に構えた。
「どうやら、砂漠の魔物のお出ましのようだぜ」
振動は激しくなり、足元が揺れてきた。
( くそっ、砂の中じゃ気配が分散して掴めねえ・・・)
バシュー
「うわぁー」
足元から突如姿を現したヴェールドゥテールが、ギルを突き上げ空中に砂ごと飛ばした。
「これが砂の魔物!」
「巨大なミミズの化物か!」
先端の口には、2本の黒い鎌状に湾曲した牙が生えていた。
ギルが飛ばされた後を追いかけるように、牙を大きく広げたヴェールドゥテールが迫っている!
「アレン、このままじゃギルが食われるぞ!」
(ジャンプで届く高さだが、時間がかかり過ぎる・・・魔物を斬る前にギルが食われちまうぜ)
もうギルの足元に、ヴェールドゥテールの口がきていた!
(だめだ、間に合わねえ!)
その時、
バシューン!
ヴェールドゥテールの頭が、光る何かに斬り落とされ吹き飛んだ。
ドサッ
斬られたヴェールドゥテールの胴体は、紫色の体液が飛び散らせ、そのまま力なく砂漠に落ちた。
「うわぁー」
空中へ飛ばされたギルは、悲鳴をあげながら、そのまま砂の上に落下した。
「おいギル、大丈夫か!」
「痛てて、」
サリヤは、ギルを回復させた。ギルは、一瞬で何事も無かったように立ち上がった。
「いや、驚きました。いきなり吹き飛ばされるとは」
アレンは、斧を持ったアクロスに近づいた。
「今のが奥義の必殺技ってやつだな」
「そうだ。プロンディッド・フォーシーユ、別名『光の鎌』だ」
「ギルに気を取られて、しっかり見てなかったぜ」
また、砂が振動してきた。
「アレン、もう一度披露出来そうだぞ」
今度は、アレンの背後の砂が吹き上がった!
「ようし、アレン、見てろよ!」
アクロスは、アッシュ・ノワールを右斜め上に大きく構えた。
その時、
バシュー
ヴェールドゥテールは、3つに斬られ紫色の体液を飛び散らせた。
3つに斬られた胴体がドサ、ドサと砂の上に落ちてきた。砂の上に落ちた後でも、まだクネクネ動いていたが、しばらくして動かなくなった。
「アクロス、その技はタメに時間がかかるのが欠点だぜ」
「アレンさん、今どうやったのか全然わかりませんでした」
「魔物が勝手にバラバラになった感じだったわ」
(ルタールアニュレを使ったのか。それにしても剣速が早過ぎる。アレン、もはや人間技じゃないぞ)
その時、サリヤは自分の前に黒い影がニューっと伸びるのが見えた。
「サリヤ、後ろだ!」
「キャー!」
ゴオォォー
ヴェールドゥテールがサリヤを襲う体制になった次の瞬間、渦を巻く爆炎に包まれた。
ドサッ
真っ黒に焼けたヴェールドゥテールは、体中から煙を上げ砂の上に崩れ落ちた。
「僕もいいところ見せないとね、アレンさん」
「ギル、やるな」
(やった!・・・初めて詠唱無しで魔法が使えた!)
「無詠唱か。アレンといい、なんかお前らだけレベルアップしてズルいぞ」
「アクロス、俺達は育ち盛りの十代だ。悪く思うな」
アレンは、意地悪そうな顔でニヤっと笑った。
「そうだよ、俺はおっさんだ」
3体倒したところで、砂は振動しなくなった。
「これで終わったのか」
「ちょっと物足りない気がするけどな」
「いやアレン、俺達が強過ぎるんだよ。普通に見れば十分凶悪な魔物だ」
「まあ、そうだな」
アレンは剣身に流れる魔物の体液を一振りで払い、カシャンと金属音をさせて剣を背中に戻した。
「さてさて。暴れたお陰て、さっぱり方向がわからなくなったな」
アレンは、笑った。
「ちょっとアレン、それって笑うこと?」
「まったく、どっちが南かさっぱりわからん」
アクロスの参ったという顔を横に見て、ギルは空を見上げた。空はいつの間にか、厚い雲に覆われていた。
(信じられない・・・朝はあんなに晴れてたのに・・・くそっ)
ギルは、唇を噛んだ。
「これからどうする、アレン」
「うーん、どうしたもんか」
アレンは腕組みしながら、しばらく考えた。
「ギル、念のためコンパスを見てくれないか?」
「使えないと思いますよ」
「念のためだよ」
ギルは腰の革袋から、コンパスをだした。
「えっ、うそ!」
ギルに叫び声に、皆がギルの方を見た。
「使えますよ!アレンさん、これ!」
コンパスは、針が揺れることなくピタっと方位を示している。
「ギル、どうなってるんだ?」
「想像ですが、磁性鉱物があるところと無いところが、この砂漠にはあるんじゃないでしょうか」
「そういうことか!砂漠のガイドは、コンパスが使える場所を予め知ってたんだ」
「なんだよ、それが砂漠の謎の答えか。なんか、解ってしまえば割とショボイな」
「アレンさん、これで迷うことなくテンプ村まで行けますよ!」
「もう死ぬことは無くなったな」
「ちょっと待て、」
アクロスは、真剣な表情になった。
「安心するには早い。歩いていると、またコンパスが狂い始めるかもよ」
「確かにそうね」
アレンは、アクロスの腰を叩いた。
「そんときは、そんときだ。さあ、コンパスに従って歩くぞ」
アレンは、先頭を切って歩き始めた。
「あいつ、ガチの出たとこ勝負男だな」
アレン達はコンパスを見ながら、針が南を示す方向に歩き続けた。このまま、コンパスが狂わないことを祈って。
しかし、いくつ目かの小高い砂の上を登ったとき、コンパスの針は再びクルクルと回り始めた。
「まじか!またダメになった!」
ギルは砂山の上で前方を見ているアレンに、
「アレンさん、ここに来てコンパスがダメになりました」
「ギル、もう心配いらねえぜ」
「えっ?」
「あれを見ろよ」
アレンが指さす方向には、遠くに木々の先端の緑が見えていた。
「あっ、木だ!」
「着いたぜ、テンプ村に」
アレンは遅れて登ってきたサリヤとアクロスに、テンプ村への到着を告げた。
「え、うそ、もう着いたの?」
「テンプ村って、こんなに近かったのか」
「つまり、意外と砂漠は小さかったってことですね」
「最初に見た時、俺らかなり圧倒されてたからな」
サリヤとアクロスは、アレンとギルの横に並んだ。
「ほんとだ!木が見える!私達、生きて砂漠を越えたのね」
満面の笑顔で、アレン達は木を目指し歩いた。近づくにつれ、周りの木々も見えてきた。そこは森を形成しているようだ。木々という絶対的な目標がある安心感を、アレン達は噛みしめていた。ギルは、コンパスを革袋に入れた。
そして、ついに砂漠と森の境目に到着し、砂漠は終わりを告げた。
「抜けたな、アレン」
「ああ、結局魔物もあの3体だけだったようだし、何よりだ」
「お前の強運には驚いたよ」
「アクロス、俺は持ってる男さ」
「かもな」
「ギル、テンプ村は、この森の先にあるのか?」
「テンプ村のことは、タイロンさんご存じなかったので聞けてないですが、方向があっていれば、そのうち見えて来ますよ」
アクロスは、足元に最近のもとの思われる焚き火の後を見つけた。
「アレン、こっち側からも砂漠にチャレンジした奴がいるみたいだぞ」
「命知らずがいるもんだ」
「お前が言うか」
アレン達は、森の中を歩いた。木や雑草はそれなりに繁っているが、密度は高くない森だ。
「結構続きますね、この森」
そして、ついに、
「あ、家の屋根が見えてきましたよ!」
「ようやく、村に着いたか」
しかし、見えてきた家は村というにはモダンな感じだ。
歩くにつれ、家の数は増えてきた。
「ギル、これは村というより町じゃないのか?」
「確かに人も多いし、服装も田舎という雰囲気じゃないですね」
「ね、なんか潮の匂いがしない?」
そして、視界が開けたとき、見えたものは港だった。
あり得ない光景に、アレン達の足は止まった。
「・・・えっ、どうして海が・・・」
「ばかな、これは一体・・・」
「アレン!まさか、俺達・・・」
そう、そこは港町ソリッドだった。




