34 困難な道程
「サリヤ!大丈夫か!」
「ええ、なんとか・・・」
サリヤは崖から足を踏み外した。
谷底へ落ちようとしたもう少しの所で、アレンがサリヤの腕を掴んだ。
急斜面を歩いているところへ、ヒラヒラと美しい蝶がサリヤの目の前を舞う。サリヤはその美しさに気をとられ、足を踏み外したのだった。
「アレン!」
「なんだ!」
「あの蝶が、あたしをこんな目に合わせたのよ!あたしを幻惑するなんて、あの蝶侮れない!」
「ちょっと、何言ってるかわかんねえけど、今引き上げてやるからな!」
アレンはちからを込めてサリヤを引き上げようとしたとき、
「待って!」
「どうしたんだよ」
アレンの腕から、血が自分の方向に流れてくるのが見えた。
よくみると、まるで刃物のような石が突き出ていて、それがアレンの腕を切っていた。
「アレン、このまま腕を動かすと、切れてちぎれるかも」
「なっ、なに!」
アレンはサリヤを掴んでいる腕が鋭く痛むのを感じた。
「お前の回復魔法で治せないのか?」
「アレンの腕がちぎれたら、腕といっしょに下へ落ちるわよ」
「そりゃそうだな」
アレンの腕は、徐々に痺れててきた。
(これは、長くもたないぜ・・・)
「ギル!」
「はい!」
「ローブになるようなものを探してきてくれ!このままじゃ、サリヤを引き上げられねえんだ」
「わかりました!」
ギルは、来た道を急ぎ引き返した。
「なるべく、早めに頼むぜ」
崖を吹き抜ける風が吹いた。
サリヤは、アレンの腕一本で宙刷りになったまま揺れた。
サリヤが動くと腕も振れ、石がアレンの筋肉に切り込んできた。
サリヤはアレンの腕に捕まえられながら、回復魔法を使っていたが、回復して切れる、回復して切れるを繰り返していた。
しかし、アレンの腕の痺れは増す一方で、腕の感覚が無くなりつつあった。
(くそー、ギルの奴遅いぜ・・・まだかよ・・・)
「アレン、腕は大丈夫?」
サリヤは上を見上げた。
「上を見るなよ。目に石が入るぜ」
「アレンさん、持ってきました!」
「よし、ギル、下に降ろせ」
ギルは近くの大きな岩にぐるぐると巻き付けて縛り、そして下に垂らした。
「サリヤ、それを掴め!」
サリヤは垂れてきたロープを右手で掴み、アレンが手を離した瞬間に左手でも掴んだ。
ギルは自分の着ている服を脱ぎ、崖とロープの間に挟んだ。
「これで引き揚げられますよ」
「よし、上げるぞ」
二人はサリヤを引き上げた。
「よかった、一瞬ダメかと思いましたよ」
「俺の反射神経のお陰だな」
「アレン、腕は?」
「ああ、平気さ。まだ痺れているけどな」
「見せて」
サリヤはアレンの腕を見た。
「もう大丈夫よ」
「おお、一瞬で痺れが無くなったよ」
その様子を見ていたギルは、驚いた。
(今見ただけで回復させた・・・
魔法が発動するときの特融の波動は感じなかった・・・
つまり、今のは魔法じゃない
言うなれば、超能力のような特殊な能力・・・
サリヤさん、もしかして魔法使いの域を超えた?・・・)
「ギル、どうした、行くぞ」
「あ、はい」
3人は、ようやく一つ目の山脈を踏破し、2つ目の山脈に続く山裾を歩いていた。
出発してから既に1か月近く経過していた。
「やっとひとつ超えたか」
「この調子だと、おそらく3つ目の山脈に差し掛かる頃に、本格的な冬になりそうですねー」
「まずいな・・・」
「どうします、ここで引き返すのもありだと思いますが」
ギルの言葉にアレンは迷った。
「アレンさん、引き返す決断をするなら今しかないですよ。言わばラストチャンスです」
アレンは立ち止まった。それに合わせてサリヤとギルも歩くのを止めた。
「よし、腹をくくったぜ」
「どうします?」
「このまま行く」
「危険を承知でですか?」
「ギル、アブスト王も言ってたけど、もし俺達の旅がこの世界にとって本当に必要なものだったら、この3つの山脈を超えれるはずだ」
「それは、アレンさんの嫌いな神に頼るってことですか?」
「神に助けてもらうなんて考えてないさ」
「じゃ何に頼るんでしょうか」
「頼るとすれば、それは俺の運だ」
アレンの発言に、ギルはサリヤを見た。
「おばあちゃんから、『竜宝を求める者と共にあり、その者を守ること』って言われてる。あたしは一族の代表として、その言葉を全うするつもりよ」
サリヤの言葉に迷いは無かった。
ギルは、なるほどと思った。
(この二人は運命に従い、そして固い決意を持って旅を続けている。
それに対して、僕は神の神器が揃うという事態を見極めるというのが目的だ。
僕の目的は、なんて自分本位で軽いんだ・・・
そんな事で命を賭ける決断など、到底出来るはずもない・・・)
ギルは、何だか自分が情けなくなってきた。
「ギル、お前が嫌だっていうなら無理は言わない、お前は戻れよ。俺達はこのまま行くから」
「たくさん助けられたけど、これからはアレンと何とかするわ」
アレンは、ギルの肩を叩いた。
「今までありがとな」
「アレンさん、」
「ん?」
「なに、ここで分かれようとしてるんですか?」
「えっ、行くの嫌なんだろ?」
「嫌ですよ」
「だったら・・・」
「僕も、今ここで腹をくくりました」
「えっ?」
「僕はアレンさんと、これからも旅を続けます。ドラゴンオーブを見つけるまで」
「ギル・・・」
「アレンさんと旅をしてて、アレンさんの目的が、何だか自分の目的でもあるような気がしてきました」
「・・・いいのか、まじで命を落とすかもよ」
「もう決めました、アレンさん」
アレンはギルを見たが、なにか吹っ切れたような顔だった。
「そうか・・・じゃ、改めてよろしくな、ギル」
「あたしが死んだらお墓作って埋めてね」
「サリヤさんを死なせるようなことは絶対にしませんよ。アレンさんは分かりませんが・・・」
「なんだよ、それは」
「さあ、時間がもったいない。行きましょう」
「お、おぅ・・・」
二つ目の山脈に向けて、三人は再び歩き出した。
辺りは暗闇が迫ってきていた。
「今日はこの辺りで寝ることにするか」
「焚き火用の枝を探してきます」
「頼む」
ギルは、薄暗い林の中に入って行った。
アレンとサリヤは、起こした火を囲んで暖を取っていた。
赤い炎の揺らめきが、二人の顔を照らしていた。
「サリヤ・・・」
「わかってる、ドラゴンオーブなんて、どうでもいいんでしょ?」
「・・・」
「本当の目的は、おじいさんを探すことだよね」
サリヤは、アレンの瞳に映る自分を見ていた。
「いいじゃない、それでも」
「ギルに申し訳なくてさ・・・」
「ああ言ってたけど、ギルも本当は別の目的があるんじゃないのかな」
「そうか・・・」
「あたし達3人は、目的は違うけどドラゴンオーブで繋がっているんだよ」
アレンは、ため息をついた。
「ねえ、アレン。あたしも見てみたいのよ、ドラゴンオーブを。それがこの世界にとって、どれだけの価値があるのか」
「そうだな、なんだか俺も見たくなってきたぜ」
「あっ、」
急にサリヤはアレンに寄り添い、アレンの腕にもたれ掛かり、そして、そっと目を閉じた。
「おっ、おい、どうしたんだよ」
「いいじゃない、たまには」
辺りはすっかり暗くなっていた。
流れ星がひとつ、夜空に光の線を残して消えた。




